会社員、イタリア家庭料理の道をゆく

ムール貝とアサリのパスタ

トスカーナ州の小さなこの村に初めて訪れたのは、今から18年前。バカンス客の足もすっかり途絶えた晩秋の、木枯らしの吹き荒れる夜だった。

ボローニャでいつも居候させてもらっていたネリーナとフランコの夫妻に「私たちの友達でクラウディアっていう料理好きの農家の主婦がいるから習って来るといいわ」と、半ば強引に車に乗せられ、連れてこられたのだ。

「まったく、ここへ初めて来た晩のあなたのこわばった顔っていったら、私、今でも覚えてるわ」

「そうそう、私はこんなところに来るはずじゃなかった、って目をしてたよな。ハッハッハ」



妻のクラウディアと夫のマリオに、18年経った今でさえ、こうして語り草にされるほど、当時の私は確かに不安でいっぱいだった。

折しも、2001年のアメリカ同時多発テロからまだ数カ月しか経っていない時期で、会社からは「私用での海外、特に欧米渡航はなるべく控えるように」とお触れが出ていたのを振り切って、私は3年目のイタリア料理修行を敢行していた

日本人は警戒しすぎくらいに思っていたが、イタリア国内でもそれは同様で、まことしやかに危険な場所とささやかれていたのが高速道路のトンネルだった。ボローニャからトスカーナにかけての、アペニン山脈を貫く高速道路にはとくにトンネルが多く、万が一に備えてとネリーナとフランコは一般道の細い山道を選んだ。

あたし、これからどこへ連れて行かれちゃうんだろう……。対向車が1台もやってこないような寂しい山道を延々と走りながら、ひとり後部座席の車窓からどっぷりと暮れ行く暗い空を見上げていたら、見知らぬ人の元へ連れて行かれる不安がすっかり私の顔に刻まれてしまっていたらしい。

いったいここがどこなのかもわからないまま、暗闇の中で到着するも、車から降りるなり、嵐のような突風に吹き飛ばされそうになって、ますます気が萎えたのを覚えている。

翌朝も仕事が入っているからと、そのままとんぼ返りでボローニャへ帰って行ったネリーナたち。ドアの隙間を開けて彼らのクルマのテールランプが、谷の向こうに完全に消えてなくなるまで見送った後、私は諦めてドアを閉める。振り返るとすぐ後ろに、クラウディアがにっこりと微笑んで立っていた。

文=山中律子

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