ビジネス

2019.03.13

古くて、非効率。老舗の木村石鹸に地方企業の成功モデルを見た

木村石鹸工業代表取締役社長 木村祥一郎


非効率に、楽しく働く

リブランディング以上に成功要因と思えたのが、経営思想だ。5つの社訓の一番上に「家族を愛し仲間を愛し豊かな心を創ろう」とあるように、社員を大事にしていて残業はゼロに近い。父親が始めた親孝行強化月間の4月には社員に1万円ずつ支給し、5年に1回親孝行にまつわる文集を作る。

大事にしているのは「パートナーである仕入れ先に対しても」だ。先代から値引き交渉は一切せず、複数社を競わせるコンペもしない。支払いは毎月20日に締め、翌月10日にすぐ支払う。一方で支払い期日を延長すれば、キャッシュフローが良くなる。

一度、木村が父に「使える資金を増やすため、翌々月末に支払いをしたい」と相談すると、きっぱりとこう返ってきた。「相手は小さな工場。こちらが苦しくても相手を苦しめてはいけない」。

「木村石鹸では非効率を大切にしているようですね」。筆者がこう言うと、木村は考えながら答えた。

「効率を追求しても生産性が高まるわけではありません。非効率を省いた先に何があるのか? 非効率を省くと、仕事が義務になってしまう。楽しむ、創造的な余地がなくなってしまうと思うんです」。

仕事に制約は一切ない。例えば社員の提案で1年前から子供向けのワークショップを始めた。参加者は各回5〜10人と少ないが「触れ合う先に何かがありそう」という直感から始まり、意外と営業先で評価されている。

数年前には「お風呂で使うクレヨン」を開発。食品添加物で作り、落とすと洗剤になる名品だ(と思った)。木村が自宅の風呂で試しに赤と青のクレヨンでドラえもんを描いてみると、風呂の壁自体にあった細かい傷に色が入り込み、うまく落ちなかった。絵は今でもうっすら残っている。思わず笑ってしまう失敗談はいくつもある。

19年6月には「面白い」工場の新設を控える。三重県伊賀市にオープン予定の「IGA STUDIO PROJECT」だ。薬草の育成が盛んな地域で、製薬工場などが集まる。木村石鹸は新工場には釜を6つ設置し、家庭用品などの生産ラインを移す。

従業員を「キャスト」と呼び、見学者を受け入れるつもりだ。「木村石鹸のブランドを伝える拠点として、製造工場の在り方を再提起したい」と意気込む。建屋面積700坪に対して全敷地は10倍。スタジオやギャラリーも作り、ファンミーティングを開くのを楽しみにしている。

「身近に使ってくれる人と熱烈に関わり、長い関係を築いていきたい」。創業100年に向け、地域そして世界に愛される石鹸を手がける老舗はどう進化するのか。現場は熱気に包まれている。


木村祥一郎◎1972年、大阪府八尾市生まれ。京都市在住。同志社大学在学中の95年、映画サークル仲間とIT企業(後のe-Agency)を起業。副社長として東京と京都を往来し、インターネット検索エンジン開発やウェブサイト制作などを手がけた。2013年家業に入り、16年代表取締役社長に就任。石鹸を現代的にデザインしたハウスケアブランドを展開。

木村石鹸工業◎1924年創業。68年から銭湯を中心に浴場用洗剤を販売。94年風呂釜洗浄剤シリーズで家庭用市場に本格的に参入。バレル研磨用コンパウンドの製造は45年以上の実績がある。

文=督あかり 写真=アーウィン・ウォン

この記事は 「Forbes JAPAN ニッポンが誇る小さな大企業」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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