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亡くなった夫は海が好きな人だった。背中で釣竿を担いで、オートバイで海に出かけていた。

たまに大物が釣れると、さあ大変!「紙だせ、墨だせ」と魚拓づくりに大騒ぎ。幸か不幸か、あのこよなく愛した海が、我が家に浸水し家を壊してしまったのを見ることなく逝ってしまったことは、良しとすべきかと今は思う。

今年は私の生まれ育った新地町の釣師浜の海水浴場も再開される。新地町釣師浜……満州からの引揚者であった私と弟が小学生時代を過ごし、初めて海と親しんだ浜辺である。

結婚してからは、父が孫たちを遊ばせてくれた。母が握ってくれた塩むすび、冷たく冷やしたキュウリに麦茶。押し寄せる波に幼い息子は怖がって泣いてたっけ。

思い出が詰まったあの海が、あの日、猛り狂い、多くの人々の命を奪い、暮らしを壊した。

そこから8年の時を経て、ようやくその海辺に、子どもたちの歓声が戻ってくるのだ。

災害を乗り越えて迎えた今、若者たちはふるさとの再生をどう考えているのか?漁業においても農業においても、あらゆる業種でいま必要とされているのは、町を再生する「若い力」である。

せっかく土地や海が回復しても、それを生かす人間が育たねば、町は蘇らない。まだまだ復興再生は途上である。

今ではテクノロジーも進化し、どんな場所でも事業を興せると聞く。来年のオリンピックを控え、さらに増えるであろう外国人観光客を誘致し、「復興の過程」を世界に見せるのも、ひとつの手段だろう。現に原発事故地帯を、許される範囲で見てもらい現状を知ってもらう「少人数ツアー」も行われていると聞く。

ぜひ多くの方の新しい発想や知恵を結集し、東北が本当の意味で一日も早く復興できることを切に願う。

その一方で被災者自身も、自ら考え、自らの足で立ち上がらなければ、前へは進めないのだと思う。

それが、被災者としての「誇り」である。

平成31年3月 福島県相馬市 武澤順子 86歳


母の手紙を読んで感じたのは、やはり新たな産業と、若い力が、被災地にはまだまだ必要だということ。

相馬名物「北寄貝」の漁も再開され、僕も帰省の度に「刺身」と「煮つけ」と「北寄貝パスタ」をつくり楽しんでいる。こうした「北寄貝」や「青のり」など地元の食材を、世界に発信することが出来たなら、新たな風が生まれるかもしれない。

先日取材で行った札幌で、外国人観光客が「ほたての貝柱」を山のように買い込んでいる姿を見たが、「北寄貝の干物」とか売り出せば、案外外国人にも喜ばれるかも。

まだまだ発想の転換や技術力の進歩で、新たな事業が成功する無限の可能性が被災地にはあるし、その成功例を「世界」に示す能力とメンタリティが、ニッポン人にはあると思う。

敗戦の焼け跡から立ち直った日本人の「底力」が、いままた、改めて試されているのかもしれない。

【第1回】震災ドキュメントを撮り続けて感じた、被災地の今と地方の再生

文=武澤忠

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