規模の追求では「おもしろくない」
多くの経営者は、自社がどこまでも大きくなる物語を書こうとするものだ。だが大坪は、それでは「おもしろくない」と感じていた。
「そもそもニッチなものをつくるのに会社を巨大にする必要はない。100人以下で十分なんです」
大坪が構想した第2章、それが由紀HDだった。HDといえば、社名やロゴをグループ企業だとわかるように統一することが多く、買収した企業については、経営陣を強制的に辞めさせるケースもある。だが、大坪はそうしたことは一切しない。
「独立性を維持できるようHDは下支えするだけ」
自社の再生で培ってきた知見やノウハウを生かし、グループ企業の潜在力を引き出す支援に徹する。理想は、フランスの著名ブランド企業グループ、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンだ。
「じつは一緒のグループなんだ、みたいな感じですよね。タグ・ホイヤーとか、ブルガリもLVMHグループの一員だったんだ、と。いいものをつくっていても、調子が悪くなるときはある。そんなときバックに莫大な資本力があれば、PR戦略や研究開発にドーンと投資したりしてもらえるじゃないですか」
大坪は、由紀精密と由紀HDグループの歩みをいずれ「YUKI Method」という方法論としてまとめるつもりだ。これは、来るべき大廃業時代を乗り越え、製造業をさらなる高みに引き上げる起死回生の策といっていい。にもかかわらず、なぜ、似たような発想を見聞きすることがほとんどないのか。
「我々には日本のものづくりを何とかしたいという理念がある。この策が有効か、真正面から立ち向かおうとしているところです」
順調にいけば、由紀HDは21年に15社前後、売上高100億円以上のグループに成長しているという。ただし、大坪にとって会社の数や売り上げを増やすことは絶対的な目標ではない。だとしたら、いったい何を目指すのか。
「ものづくりで世の中を幸せにしたい」
18年12月、由紀精密はグループ企業の明興双葉と共同で、金属間化合物を用いた新たな超伝導ワイヤーの開発を開始した。「町工場集団」は、世にない技術や製品を生み出し、世界を変える可能性を秘めているのだ。そう、大坪が書く物語は、いつだってハッピーエンド。だから、ヒットする。
大坪正人◎1975年、茅ヶ崎市生まれ。由紀精密社長。東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了。精密金型の高速製造で革命児と呼ばれたインクス(現・ソライズ)を経て2006年、由紀精密に入社。電気電子業界から航空宇宙や医療関連へビジネス転換し会社を再生させた。17年10月、由紀ホールディングスを設立し社長就任。
由紀精密◎1961年設立。精密切削加工の技術力が強み。欧州の大手エンジンメーカー、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など、世界中の企業と取引。2015年にはフランス子会社を設立。