戦争で顔半分を失った男、仮面の復讐劇「天国でまた会おう」

(c)Jérôme Prébois / ADCB Films

2014年に日本でも刊行され、「このミステリーがすごい!」海外部門第1位をはじめ、5つの主要な賞でベスト1に輝いた小説「その女アレックス」。誘拐した犯人が物語の前半で早々と死んでしまったり、被害者の女性が実はまったく異なった顔を持つ人物であったり、その予測不能な展開が話題となり、翻訳ミステリーとしては異例の大ベストセラーとなったことは耳に新しい。

映画「天国でまた会おう」は、その傑作ミステリーの著者、ピエール・ルメートルが2012年に発表した同名小説(原題は「Au revoir là-haut」)が原作だ。とはいっても、この作品、ミステリーではない。フランスの「芥川賞」ともいえる高名な文学賞「ゴンクール賞」を受賞した、第一次世界大戦後のパリを舞台に、元兵士の内面に深く斬り込んだ本格小説なのだ。

「この小説が持つ、現代にも通じるメッセージ性に心を動かされた。主人公は、戦争を遂行する帝国主義的価値観に、真っ向から立ち向かう存在で、自分と同じアーティストの魂を持っている。原作が刊行される1年ほど前に、原稿で読んでいたのですが、資金の調達が難しく、すぐに映画化は難しかった」

監督であるアルベール・デュポンテルは、原作との出合いをこう語るが、たまたまエージェントが原作者のルメートルと同じであったため、早くから作品に心を留め、映像化を熱望していたという。原作は刊行後、ゴンクール賞を受賞するが、そのことが映画化の追い風になることはなかったという。


アルベール・デュポンテル監督(c)2017 STADENN PROD. – MANCHESTER FILMS – GAUMONT – France 2 CINEMA

「賞は関係なかった。素晴らしいプロデューサーが現れて、自分にとって見果てぬ夢だったこの作品の映画化を進めてくれた。そもそも自分は賞レースというものが好きではないのだ。完成した映画は、いろいろな賞をいただいたが、そのように競争して優劣をつけるのは馬鹿げていて、世界を悪い方向へと向かわせる。アーティストはもっと高い意識を持たなければいけないと思う」

ちなみに、映画「天国でまた会おう」は、フランスでの「アカデミー賞」にあたる「セザール賞」で13部門にノミネートされ、監督賞を含め5部門で受賞を果たしたが、デュポンテル監督の、それら賞レースに対する舌鋒は鋭い。あたりは柔らかだが、社会派的視点を持った骨のある映画監督だ。
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文=稲垣伸寿

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