ビジネス

2019.03.03 11:30

「全力」とは自分の中のガラクタを総動員することだ|藤野英人

(左)藤井聡太七段(右)HEROZ社長 林隆弘

青春時代、将棋や剣道に打ち込み、努力の尊さを学ぶ一方で、才能の壁も痛感した筆者。それでも才能や努力など、あらゆるものを総動員して全力を尽くすことこそが大事だと説く。


高校生まで夢中になっていたのは、ひたすら本を読むこと、剣道をすること、ピアノを弾くこと、将棋をすること、勉強をすることだった。なんだかたくさんやっていたんだな、と思われるかもしれないが、私の中ではとても絞っていた。これらに「集中」していた。

でも結局、なにひとつものにならなかった。ピアノはかろうじていまも続けているが、下手なままだ。好きだけどね。将棋はあることをきっかけにやめてしまった。剣道は一生懸命やったけれど、好きですらなかった。

ピアノや将棋とか、とにかく多くの芸術やスポーツは努力が大事だが圧倒的に才能がモノをいう。努力は当然のことながら大事だ。しかし、努力しても超えられないものもある。もちろん、指導方法や本人の努力がモノをいうのは当たり前。だとしても、才能の壁というのは厳然としてあり、才能に恵まれていない者がそれを乗り越えるのは非常に難しい。

ピアノなどは中学生くらいからもう才能ある人とない人の差は圧倒的で、それは絶望的なほどだ。将棋なんかもそう。将棋はアマチュア三段までいったが、アマ三段とプロの初段は月とスッポン以上の違いがある。

「将棋ウォーズ」で痛感した壁

それが、人工知能(AI)開発企業「HEROZ」への投資がきっかけで、将棋を再開することになった。林隆弘社長からの推薦もあり、日本将棋連盟の森内俊之棋士(専務理事)からお好み将棋指導対局で、二枚落ちで中村修九段と対戦する機会をいただいた。テレビで放送されることもあり、それなりに準備して対戦した。

そこで30年以上ぶりに将棋の実戦をして、なんかすごく将棋に対する愛情が戻ってきた。それからHEROZが提供しているコンピュータ将棋ソフト「将棋ウォーズ」を毎日少しずつやることにした。最初は将棋ウォーズ30級から始め、勝ち星を重ねるごとに昇級する仕組みになっている。ネット上で、ほぼ同じレベルの人とマッチングされて戦う仕組みだ。

やってみたら、不思議なことに子供のときより将棋を触っていないのに、圧倒的に強くなっていた。勘も戻ってきて、どんどん勝ち進んだ。

どんどん勝つとどんどん昇級するので、すごくやりがいがある。そしてついには将棋ウォーズ五段までたどり着いた。これは申請すれば、将棋連盟のアマ五段の免状をもらえる(編集部註:将棋ウォーズ5級〜六段は、将棋連盟と同じ段級位の免状・認定状を取得できる)。

あともう少しで六段になりそうなところまできた。アマの段位は六段までだが、将棋ウォーズは九段まである。実際には多くのプロ棋士もそこに参加しているし、七段以上はほとんどプロだと思っていいだろう。

将棋ウォーズ五段だと、対戦相手もだいたい三段から六段くらいが相手になるので、勝ち進むのも簡単ではない。30年の間に戦法もいろいろ進化していて、ゴキゲン中飛車や藤井システム、後手番一手損角換わり戦法、早石田など、とにかく新戦法満載だが、それを研究するよりは実地で経験して覚えたほうが早いので、実践していった。

あるとき、六段の人と対戦した。めっぽう強く、まったく歯が立たなくて赤子の手をひねるようにしてやられた。これからどんなに努力しても、彼あるいは彼女には勝てないだろう、と思った。対戦した相手と次の相手との対局を観戦できるのも、将棋ウォーズのよいところだ。それで私をやすやすと破った相手が、次の相手を葬る様子を見ようとわくわくして観戦に入った。

するとどうだろう。私を軽々と破った相手が、次の対戦相手に赤子の手をひねるようにやられていくのを目にした。

ものすごく絶望的な気持ちになった。本当に上には上がいるし、努力で超えられない壁はやっぱりあるのだ。

それからしばらく将棋ウォーズを触らなかった。
次ページ > 才能の壁と、「カリスマ」という誤解

文=藤野英人

この記事は 「Forbes JAPAN ニッポンが誇る小さな大企業」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

連載

カリスマファンドマネージャー「投資の作法」

ForbesBrandVoice

人気記事