はしかが繰り返し流行する日本。必要なのは、ワクチンの予防接種だ

(Trevor Williams / Getty Images)


接種率を向上させるために必要なこと

ワクチン確保と並ぶ、もう一つの課題は接種率の向上だ。この点について、期待が持てるのが、医師が職場に出かけていって集団接種を行うことだ。医療法上は、「巡回診療」に該当する。ところが、これがなかなか進まない。

ワクチン問題に詳しい久住英二医師(ナビタスクリニック)は、多くの企業で集団接種を行ってきた。例えば、2013年の流行の際には、5月28日から6月5日までサイバーエージェント社で集団接種を行った。約3000人の社員(当時)のうち、ワクチン未接種もしくは接種歴不明であった7割程度の社員が接種した。職場で接種できる簡便さが影響したのだろう。通常では考えられない人数だ。

ところが、この枠組みを実行するには、いくつかの困難がある。医療法に規定された巡回診療の基準を満たさなければならないからだ。具体的には、医療機関の所在地、および巡回診療を行う企業の所在地の保健所の許可が必要である。

この運用が自治体ごとに異なる。例えば、医療機関と企業が東京23区内に存在する場合には許可は容易だ。一方で、立川市のような武蔵野地区の医療機関が、東京23区内の企業に巡回診療することは原則として認められていない。

川崎市は「巡回診療は無医地区のための制度」という考えで、神奈川県内に無医地区は存在しないとし、企業への巡回診療を一切認めてこなかった。ナビタスクリニック川崎からの巡回診療の届け出が受理されないため、2013年に神奈川県厚木市の企業に巡回診療をする際には、久住医師が臨時で厚木市に個人診療所を開設し、厚木市の厚木保健福祉事務所の許可を得る形で対応したくらいだ。

厚労省は2015年3月31日に医政局長通知を出し、予防接種法に掲げられた疾病の予防を目的とした予防接種については、巡回診療も認められるようになったが、このような自治体がどのように対応を変えたか筆者は知らない。

我が国の予防接種行政は、万事、この調子だ。世界屈指の豊かな国なのに、厳然とした「ワクチンラグ」が存在し、多くの先進国が既に克服した感染症に悩まされている。感染研の2016年の調査では、7歳児のMRワクチンの2回接種率は83%に過ぎない。水痘ワクチンの法定接種が導入された年に産まれた2歳児の水痘ワクチンの2回接種率は52%だ。集団免役の獲得に必要とされる95%に遠く及ばない。

風疹だけでなく、麻疹も水痘も追加接種が必要だ。その際の障壁は財源である。我々の試算では、麻疹の追加接種だけで2000億円程度の予算を要する。すべてのワクチンを接種すれば、総費用は1兆円を超える。当面は優先順位が高い麻疹や風疹からやっていくしかないが、世論の後押しがなければ厚労省は予算を確保できないだろう。この結果、この世代が死に絶えるまで、定期的に流行を繰り返すことになる。

医学は進歩し、多くの感染症はワクチンにより予防可能となった。ところが、我が国の国民の多くが、医学の進歩の恩恵に預かっていない。厚労省や製薬メーカーの意向が尊重され、国民視点に立った議論がなされていないからだ。たとえ、やる気のある政治家や官僚がいても、しがらみでがんじがらめになっており、彼らだけでは解決できない。この問題を解決するには、国民・医療関係者が当事者意識を持ち、熟議を積み重ね社会的な合意を形成する必要がある。

文=上昌広

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