変化のスピードが早く、不確実な時代において、企業が生き残っていくために必要なことは「イノベーションによる新たな価値創造」だ。しかし、日本はイノベーション後進国と言われており、アメリカや中国から遅れをとっている。そうした中、「人事が組織の変革を担う立場になることで、イノベーションを生む組織がつくれる」と語るのは、埼玉大学大学院の宇田川元一さん。2018年8月2日に行われた「HR Committee Conference」では「イノベーションを生み出す組織を人事はどう作るべきか」をテーマにパネルディスカッションを実施。当日は宇田川さんのほか、プロノバの岡島悦子さん、リデザインワークの林宏昌さんが登壇。「イノベーションを生む組織」を生み出すために必要な人事のあり方について語り合った。■登壇者
埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授 宇田川 元一さん
株式会社プロノバ 代表取締役社長 岡島 悦子さん
リデザインワーク株式会社 代表取締役社長 林 宏昌さん
■モデレーター
株式会社リンクアンドモチベーション 取締役
麻野耕司
「イノベーションを生む組織」に必要な人事の役割とは何か?
麻野:Forbesが毎年選ぶ「世界で最も革新的な企業100社」において、上位にはアメリカや中国の企業ばかりで、日本企業はあまりランクインしていません。この背景には、日本企業がイノベーションを生み出せていない現実があるように思います。
本日は、人事分野におけるアカデミア、プロフェッショナル、企業それぞれの立場から、「人事はイノベーションを生み出す組織をつくるために何をすべきか」について伺っていきます。
宇田川:私はイントラプレナー(社内起業家)の方々を調査研究していますが、イノベーションを生み出す組織をつくるためにはイントラプレナーを会社の中で増やすことが重要だと思っています。人事の方々が組織の変革を担う立場になり、イントラプレナーを増やしていけると、イノベーションを生む組織が作れると思います。
岡島:私はプロノバという会社を経営しておりまして、年間200名ほどの社長の方々のリーダーシップ開発に携わらせていただいております。人事の方々の役割は相対的にすごく上がっていて、イノベーションを生み出す組織をつくるために、という文脈でいうと大きく2つあります。1つは「機会開発」、もう1つは「宗教改革のサポーター」です。
これまでの成功体験が効かない時代の中でどうやってイノベーティブな人を作っていくかというと、ポテンシャルの高い人たちに、意思決定の機会をたくさん与えていく。これが機会開発です。すると、これまでの公平なやり方ではなく、えこひいきのシステムでいかに次世代のスターをつくっていくかになると思います。
もう1つの宗教改革のサポーターとは、制度改革と文化改革、両方の面で社長を支えて、社内からの反発に対しても、成長を担っていく人たちに対しても環境整備をしていく役割を担うのが、これからの人事だと思っています。
株式会社プロノバ 代表取締役社長 岡島 悦子さん林:リデザインワークの林と申します。働き方改革のコンサルティングを行っています。まず前提の目線合わせとして、これまでは情報の流動性も低く、上層部のほうが情報をたくさん持っている時代だったことが挙げられます。ところが、今はどこでも情報が取れるのでテーマによっては、社長よりも若手のほうが詳しいということが起こってくる。すると、これからはトップではなく、個人起点でイノベーションが生まれていく時代です。その個人の自主性の解放と創発の仕組みづくりが経営の仕事になっていく。
その中で一番大事なのは、自由裁量時間の確保。リモートワークなどで通勤時間などを浮かせ、生み出された時間の中で、経験や価値観などのダイバーシティを推進していかないといけない。こうしたダイバーシティマネジメントを取り入れましょうと人事の方と話すと、たいてい「ウチでは無理ですね」とおっしゃる。
そうしたら、まずは人事部だけでもリモートワークしてみる、50人だけ副業を認めてみる、などの実験をしてみて、会社に合うかどうか試してみることが必要だと思います。
麻野:たとえばリクルートでは、ここ10年ほどでスタディサプリやエアレジなどの新しいビジネスモデルが出てきていますね。しかし、それと副業やリモートワークがつながっているイメージをあまり持てないのですが、何かイノベーションにつながっている事例ってありますか?
林:皆さんが思われているリモートワークは守り。つまり、家で介護や育児をしながら1人で働いている人のイメージ。私の考える「攻め」のリモートワークは、違うオフィスや顧客に近いところで働いてみる、ということです。エアレジも、社員が沖縄に旅行しているときに思いついた事例です。
副業もそうですが、これまで接することのなかった場所での経験や情報がきっかけとなって、新しいアイデアやビジネスが生まれるという共通点があると思います。
リデザインワーク株式会社 代表取締役社長 林 宏昌さん「異質だったら面白い!」という状態を組織内につくりだすとイノベーションが進む
麻野:ここからは、会場内の皆様の質問をピックアップしながら進めたいと思います。
会場:新たな価値などを創造することを求めるのではなく、異質を認め合う関係を尊重する方が大事なのではないでしょうか。
岡島:私はイノベーションのために、ダイバーシティ推進活動のお手伝いもしていて、ワークショップをのべ2万人、200社くらいに対して行ってきていますが、イノベーションのためのダイバーシティって、属性ではなくて完全に視点や経験のことなんですね。
たとえば最も進んでいる企業では、イントラパーソナルダイバーシティと呼んで、先程の副業の話とも通じますが「個の中にたくさんの多様性をつくる」ことを行っています。イノベーションって結局「新結合」っていう意味なので、なるべく遠いものの掛け合わせなんです。だから、「異質なものを認め合う」状態からもう少し進んで「異質だったら面白い!」じゃないといけないと思うんです。それが進んでいるほどイノベーションが進みます。
麻野:全然違う視点を持ってきて話し合うというのもある一方で、1人の中にいろいろな視点や情報が存在する、ということですね。それを育むために、リモートワークや副業があると。
岡島:はい。もうちょっというと、ほとんどの大きな企業は、過剰適応や忖度をして皆の意識が社内評価至上主義に寄ってくるので、同じような人がたくさん集まってしまう。この状態って多様性とは遠く、やはり新しいものは生まれにくいので、なるべく社外活動などの取り組みが大事だと思います。
サボりは本当に悪か? 問題を起こさない制度は必要ない
会場:企業ビジョンや行動指針への共感などの必要な共通価値観を除いて、同質化をリスクと捉えることで戦略的に既存の制度を捨て、意図的にミレニアル世代やZ世代をターゲットにした仕組みを優先することが重要でしょうか。
麻野:企業ビジョンや行動指針への共感は逆に大事になってくるところかもしれませんね。規律のベースがないのに仕組みだけ入れちゃうと、誤解してしまうのではないかという課題もあります。
宇田川:やらなくてはいけないのは、いろいろ実験してみて、問題が起きたことにちゃんと向き合うことです。問題を起こさない制度を最初から設計しようとすると、何もできなくなる。問題は当然起きます。たとえば社員のサボリが出たときに、なぜサボるのかをちゃんと考える、サボリが本当に悪なのかを含めて、オープンに対応する。問題が起きることより、向き合わないことが問題ですね。
埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授 宇田川 元一さん林:その際、課題なのは、評価制度があいまいな企業が非常に多いこと。何ができたら評価されるのか。たとえば、半期で求めるミッションを達成していれば、そのプロセスは本人に任せたらいいと思います。同じ成果なのに、朝早くから来て夜遅くまで居るほうが評価されるみたいなことがまかり通ってしまっている。
また、人事の方と話すと、サボったらその人が悪い、または上長の管理の問題だと言いがちだけど、アサインの問題もある。つまり、管理されているから仕事するのではなく、本人が面白いと思える、成長できると思えるからその仕事をやりたい、事業に貢献したいと主体的に思ってもらわない限りは難しいと思います。
岡島:そこはすごく大事なことだと思います。理念が暗黙知になってしまっている企業が多いと思いますが、本来は行動指針で縛るべきです。たとえば、「質よりスピード」のような行動指針を判断軸の縦軸に、視点や経験というダイバーシティの多様性を横軸に置いてそれらを掛け算する議論をしっかり重ねることが重要だと思います。
まずは始めてみよう。フィードバック、学びの数で人は成長していく
麻野:会社ごとに違いはあると思いますが、イノベーションを生み出しやすい人の特性って、人事の方が活用しやすいレベルで、何かありますか?
岡島:私がいろんな会社で人材の目利きをするなかで感じるのは、その会社にとって必要な人材を見つけるためには、固有のキラークエスチョンをつくることが重要、ということです。たとえば、子どものころに秘密基地をつくったことがあるか、子どもの頃から誕生日会の幹事をやっていたか、どれくらい喜ばれてきたか、など。
麻野:人の見つけ方もその会社に合わせて変える、ということですね。会場から次のようなコメントが来ています。
会場:人事の方がこれから始められることとして具体的な例はありますか?
林:覚悟を経営陣に確認する必要があると思います。「リスクのない状態でアイデアを持ってこい」と言う経営者がいますが、それは意思決定する立場の人の仕事でも何でも無い。AをとればBのリスクがある中で判断するのが、経営判断ですね。働き方改革も、リスクを一定程度飲み込んでも、本気で挑戦したいのかを確認することから始めてはどうでしょうか。
宇田川:まず何かをやってみたらいいのでは、というのが私の答えです。何か今回の話できっとひっかかっているはずで、そこはすごく大事な入り口だと思います。そこからぜひスタートしていただければと。
岡島:今回は課題解決の場ではなく、「自分たちの課題を見つける、課題設定の場」だと思っているのですが、ひとつだけみなさんが実行できるヒントをお伝えします。役員会に新卒3年目くらいまでのキラキラのエースを呼び、何らかの提案をしてもらうことです。そうすれば経営陣も試される。自分たちが持っていない視点の若手を、面白いといえるかどうか。
麻野:ありがとうございます。それでは最後にメッセージをいただければと思います。
宇田川:自分たちが何をやるべきか、オープンに話せる組織をぜひつくっていただけたら、それがおそらく結果として、イノベーションを生み出せることにつながりますし、その役割はここにいる人事の方々が担っていると思います。ありがとうございました。
岡島:人事の方の役割はすごく大きいと思っています。求められる人事の中身が少しずつ「未来の人を見つける」、「機会を提供する」方へと変わってきています。ここにいるみなさんが、社員の方々に対してどんどん意思決定の機会を提供できる人事になるとすごくいいと思います。ありがとうございました。
林:僕もやっぱりポイントは「始めてみましょう」です。人や施策が成長・進化していくのは結局フィードバック、学びの数だと思います。始めないことにはフィードバックを得られないですからね。
麻野:どうもありがとうございました。