ビジネス

2019.02.27

「新しい」だけが価値じゃない。500年企業の虎屋が語る持続性

虎屋社長 黒川光博



カンファレンスで取り入れられた「グラフィックレコーディング」の手法で記された虎屋・黒川のキーノートセッション

「とらやでそんなことをやってもいいのですか?」

それから時が経ち、2003年にトラヤカフェをオープンしました。虎屋が作る新しい菓子を提供したいと考えましたが、オープン直前は「お客様が一人もいらっしゃらないのではないか」と思い、夜も眠れないほど色々考えました。ですが、お客様はたくさん来てくださいました。

当時は斬新だと驚かれましたし、「とらやでそんなことをやってもいいのですか?」というお声もありましたが、「和菓子は無くならないぞ」と直感したのと同時に、「本来の和菓子の良さを打ち出さなければ」とも思いました。

先ほど申し上げた通り、歴史ある虎屋に対して良い意味で思い入れを持ってくれる社員が多いですが、その考えばかりだとどんどん型にはまっていってしまいます。自分自身の経験から思うのですが、結局何事もなるようにしかなりません。上手く行くか、失敗するかは、やってみないと分からないのです。

年を重ねたことで、柔軟性が身についたのかもしれませんが、社員にも柔軟に物事を考えられる人間になって欲しいと思っています。

10年ほど前でしょうか。フランスの最高位の菓子職人に言われた言葉が心に残っています。「業界発展と若手育成のために、我々は寛大でなければならない。伝え、守るべきは文化や誇りであり、技術はオープンにするものだ」。

職人の世界では自分だけのレシピやコツなどがあり、人には教えたがりません。ですが、それでは人が育たない。弊社ではレシピは誰でも見られるように共有し、他の和菓子屋さんのご子息など、弊社で学びたい方がいらっしゃれば受け入れています。

また、私は社員との対話を大事にしています。働いている人たちに「やりがいがある」「満足している」「働くことが楽しい」と思ってもらいたいですし、「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」を皆で実現するために、社員との対話は社長になってからずっと続けてきました。

そして菓子作りの現場では、どれだけ本気になって良い商品を作りたいと思うかが重要です。良い菓子にはそれが絶対に必要です。

冒頭の赤坂店の話に戻りますが、大きいビルにしないことに(収益性について)心配する声も挙がりました。色々考えましたが、結果として若いお客様がたくさん来て下さる店になりました。

従来のように商品をガラスのケースに陳列することをやめて、浮島のように陳列テーブルを設置し、お客様にご自由に手にとっていただくようにしました。箱詰めではなく、お好きなものを少しずつ買ってくださる方が増え、お一人当たりのご購入金額は下がりましたが、長い目で見て「次も行ってみよう」とか「誰かにあげよう」と思っていただけたら嬉しいのです。

現代はプラスチックの海洋汚染や食品の廃棄などが問題になっています。虎屋でも無駄な包装ならとろうと思います。将来的に見ても十分考えなければいけないことだと思います。

東日本大震災は私にとって、これまでのことを見つめ直す大きなきっかけになりました。人間の力は自然に何も及ばない。歴史的に大きな出来事があった後、虎屋は革新的なことが生まれました。今、社会全体も何か行動を起こす瞬間が来ているのです。


黒川光博◎1943年東京生まれ。虎屋 代表取締役社長。学習院大学法学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)勤務を経て69年虎屋に入社。91年より現職。著書に「虎屋 和菓子と歩んだ五百年」、共著に「老舗の流儀ー虎屋とエルメスー」(いずれも新潮社)。

文=督あかり 写真=at Will Work

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