大企業の中で新事業を生み出すのは難しいという話をよく聞く。しかし世代や職種を問わず、広く社員にチャレンジへの門戸を開き、これまでとは違うイノベーション創出の機会と舞台を提供しているのが、パナソニックである。 パナソニック アプライアンス社が「未来のカデン」を生み出すことを目的にスタートさせた「Game Changer Catapult」(ゲームチェンジャー・カタパルト)が新規事業創出のひとつの枠組みとして注目されている。 2月22・23日に開かれたスタートアップとテクノロジーのショーケース「Slush Tokyo 2019」の台風の目となったのが、ゲームチェンジャー・カタパルトだ。
先進的な取り組みの実像から、カデンの未来が見えてきた。開発中のプロジェクト群をテーマに行われた展示やプレゼンテーション、トークセッションを詳報する。
新しい製品やサービスのアイデアを持ち、ゲームを変えるパワーを持った志ある社員=ゲームチェンジャーを発進させ、軌道に乗せる仕組み=カタパルト──。既存の「家電」の次に来る「カデン」の開発を通じて新規事業創出と人材育成を担う存在として、2016年に創設された。
今回のSlush Tokyoでは展示フロアの中で最も広いスペースを確保し、現在事業化を検討しているアイデアのうち代表的なものについてブースを設置。コンセプトの紹介にとどまらず、プロトタイプの体験使用も可能で、ブースでは会期の2日間とも、朝9時のオープンから夜6時のクローズまで人だかりの絶えることがなかった。
今回のSlush Tokyo出展ブースの様子を簡単に紹介したい。
●michor小型の専用カメラで撮影された自分の後ろ姿を前面のディスプレイで確認しながら、ヘアアレンジができるサービス。ユーザーの「なりたい」を叶える「セルフヘアスタイリングソリューション」だ。
SNSなどを通じたヘアアレンジのプロセスのシェアを考え、動画で記録することができるのも魅力だ。まずは美容室などへの導入を検討しているという。 展示ブースでもピッチの場でも、市販化のスケジュールについての問い合わせが続いていた。
●DishCanvas 料理の表現を拡張するスマート食器。料理と食器の組み合わせで創りあげられる、ひと皿の世界。その皿にディスプレイを組み込み、スマホのアプリからさまざまな画像や映像を表示させ、皿に表情を持たせることができる。
展示ブースでは、食器に表示される画像が変わるたびに、来場者から「面白い」と驚きの声が挙がった。
●Hitokoe 必要な持ち物を忘れたまま出かけようとすると、玄関で音声が教えてくれる。忘れ物しがちな子どもだけでなく、持ち物が多くて毎日が忙しいビジネスパーソンにも便利な、声の「お出かけアシスタント」。
住宅の玄関をモデルとした展示では、持ち物に貼るRFIDタグの小ささや、忘れ物をしたときにHitokoeからかけられる「いってらっしゃい」という音声が来場者の関心を引いていた。
●DECARTE ユーザーが自分の口の中を簡単に撮影できるほか、撮影した画像によるヘルスチェックも、AI認識エンジンを活用する専用アプリによって自分自身で可能になる「口腔内セルフチェックシステム」。
ブースでは子どもや高齢者などの家族にもDECARTEを使えることが示され、活用の幅広さや口腔内の健康の大切さがPRされていた。
●Howling Box 音楽を介したインタラクティブコミュニケーションサービス。酒の瓶が並ぶ、まるでバーカウンターのようなブースでは、ランタンの形をしたデバイスが置かれたカウンターに来場者が集まり、すでにサービスが始まっているかのように盛り上がる光景が見られた。
好みの音楽の流れている店をアプリで検索し、店のテーブルに置かれたランタンのデバイスにスマホでチェックインすれば、曲のリクエストができたり、現在流れている曲をリクエストした客と交流したりすることができる。
●KajiTrainer(カジトレ) 掃除や洗濯といった日常の家事で生まれる身体への負荷をトレーニングに活用しようという発想から、専用の「カジトレベルト」を着用するだけで、日常の家事を運動に変えるサービス。運動のログを取ることもできる。
会場ではカジトレベルトを着けてのモップがけが体験でき、来場者からは「早く発売してほしい」と商品化を熱望する声も聞かれた。
●共同開発プロジェクト
ゲームチェンジャー・カタパルトでは教育・研究機関や他社との共同開発も手がけている。慶應義塾大学やエイベックスとのコラボレーション案件も展示されていた。 こうしたカデンやその開発のエピソードについては、ブースでの展示だけでなく、Slush Tokyo会場内でのピッチやトークセッションでも披露された。
ゲームチェンジャー・カタパルトのブースでは、参加者がひときわ熱心に展示を見て回っている姿が見受けられた。参加者が最も印象に残ったアイデアに対し、思い思いに感想を付箋に書き記し、張り出していた。これはパナソニックが昨年、デジタルテクノロジーの祭典「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」に出展した時に人気を博した仕掛けでもある。
初日の22日には、6チームがそれぞれのアイデアについてピッチを行った。
これに続くトークセッションでは、映像制作企業アッサンブラージュのマネージングディレクター、アレクサンドル・バルトロとアーティストの草野絵美氏が、「Howling Box」「Michor」の開発チームリーダーとともに、音楽やファッション、新しいカデンのあるライフスタイル、ワークスタイルについて語り合った。
Slush Tokyo 2019の会場では演出効果を上げるため、照明は常に暗めでスモークが漂っている。参加者はカジュアルなファッションの人や海外勢が多い。Slushの“公用語”は英語で、ゲームチェンジャー・カタパルトの日本人社員たちによるピッチやトークもすべて英語で繰り広げられた。
6チームのピッチの時点で立ち見が出るほどのオーディエンスが集まっていた会場は、トークセッションになるとさらに盛り上がりを見せた。東京・湾岸地域のコンベンションセンターで日本企業が開いているイベントであることを忘れそうになるほどだった。
2日目の23日に開かれたゲームチェンジャー・カタパルトの「ビジネスクリエーション・オープンダイアログセッション」でも、初日を上回る多数のオーディエンスが集まった。戦略的オープンイノベーションをテーマにしたトーク、慶應義塾大学やエイベックスと共同で取り組む事業アイディアについてのプレゼン、家事とトレーニングに関する対談・実演という3部構成だった。
このうち第1部では、Forbes JAPAN副編集長の谷本有香がゲームチェンジャー・カタパルトの深田昌則代表と戦略的オープンイノベーションをテーマに対談した。
対談ではゲームチェンジャー・カタパルトのブースを見学した谷本から、このような質問があった。「入社2年目の方が新規事業を担当していて、驚きました。若い社員にモチベーションを持たせるために、どうしていますか?」
深田氏は「彼らにはすでにモチベーションがあるんです。何かヒントを与えれば、みんな取り組みます。才能もあるし、いいアイデアも探せるんですよ」と答えた。
また深田氏はオープンイノベーションに取り組むには、意志や情熱が必要だと訴えた。「ビジョン、ミッション、モチベーションが大事です。社内で上司や先輩に話を聞くだけじゃダメで、若い社員や外部の人のアイデアを聞くことも欠かせない」と話す深田氏に対し、谷本は「同じ意志やパッションを持つ人とつながること、そういう人を社内や社外で探すことが大切ですね」と共感していた。
丸2日に及ぶSlush Tokyo 2019において、このようにゲームチェンジャー・カタパルトは国内外からの参加者から大きな反響を得た。
そこで示されたのは、大企業の中でアイデアを磨き、仲間を募り外部の意見を聴きながら、イノベーションを生み出しているというユニークな取り組みをしているということだけではない。実際に一つひとつのアイデアが非常に魅力的であり、また提案者やチームメンバーのパッションとストーリーが参加者の心を打つものであった。
ゲームチェンジャー・カタパルトの取り組みをスタートさせ、継続しているパナソニックという企業の前傾姿勢、あるいは未来志向の強さもまた、あらためて明確に印象づけられることになった。
▼「Game Changer Catapult」(ゲームチェンジャー・カタパルト)https://gccatapult.panasonic.com/・公式アカウントFacebook:
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