日本人元教官に聞いた「海軍兵学校の文武両道教育」




連邦制のアメリカ合衆国にはいわゆる「国立大学」は9つしかない。そのうちの5つが、陸海空と沿岸警備隊そして商船系の士官学校だ。今回、27位にランクインした米海軍兵学校は数々のリーダーを世に送り出してきた米屈指のエリート校として名高い。今回、同校で教鞭を執った経験のある海上自衛隊の高橋孝途1等海佐に講義や学生生活などについて訊いた。

 首都ワシントンから東へ車で1時間ほどの距離にあるメリーランド州アナポリスの米海軍兵学校、通称「アナポリス」には、文武両道に秀でた全米選りすぐりのエリートが集まる。ドラマや映画などのイメージも手伝い、始終過酷な訓練ばかりしているという印象を持っている人も少なくないことだろう。

 ところが、規律を厳しく叩き込まれる入学年を除き、全般は「ほかの大学とは、一般的に考えられているほどの違いはない」と、同校の政治学科で教官を務めた経験を持つ海上自衛隊の高橋孝途1等海佐は語る。
「『軍の学校だから、ものすごく厳しいのだろう』と思うかもしれませんが、実際は世の中で考えられているよりも自由な校風です。休日ともなれば、ワシントンD.C.でバスケットボールの試合を観戦したり、近くのジョージタウンへ行って『女の子をナンパしてきました』という士官もいます(笑)。そのあたりはふつうの大学生と同じですよ」

 とはいえ、国の安全を守る使命を担う未来の将校を育てる教育機関らしく、入学方法やカリキュラム、学生生活などに士官学校ならではの特徴があるのも事実だ。

 まず、アメリカでは大学への出願に際して、①内申書、②統一試験の成績、③履歴書、④推薦状、⑤エッセイなどが一般的に必要とされるが、米海軍兵学校ではもうひとつ特別な推薦状の提出が求められる。それは「連邦議会議員、あるいはアメリカ合衆国大統領、副大統領による指名推薦状」である。アメリカ連邦議会には上院議員と下院議員がそれぞれいるが、そのいずれから推薦状をもらうことが出願の条件となる。
上院議員は各州に2名おり、下院議員は州の人口比率に応じて人数が決まる。そして、議員は各自5名の推薦枠を持っている。つまり、各州の人口比率に応じて士官候補生が推薦される仕組みになっている。

 無事入学できた候補生は給与をもらう「米海軍の軍人」となり、4年間の寮生活を送ることになる。そして、7月1日の入寮日から8月下旬の秋学期開講まで「入校訓練期間」を過ごす。
「そこはまさに、テレビで観るような新兵教育の世界です。どこへ行くにも『走って移動!』という号令がかかり、新入生はあらゆる建物を直角に曲がり、食事を口に運ぶときは腕を直角にして食べます。たとえば新入生は、翌日の朝昼晩の食事のメニューを記憶しておく必要があります。『ディテーラー』と呼ばれる教育係の上級生に献立を訊かれたときは、即座に『~です、サー!』」と答えられなくてはなりません」

 この時期は上下関係を徹底的に仕込まれるが、一旦学期が始まると、「スカッとするほど自由な世界に入る」と高橋は話す。

「真のリーダー」を育成する教育

 米海軍兵学校の教育は、「知育」「体育」「徳育」の3つのカテゴリーに大別される。知育は勉学、体育はスポーツや格闘技が中心になる。同校には25の専攻があり、兵器・工学部、数理学部、人文・社会科学部の3学部に分かれる。
工学・兵器には「海洋工学」や「原子力工学」といった海軍らしい専攻が並ぶ。数学・科学のなかでも興味深いのは、「サイバー軍事学」だ。近年の「戦場」がウェブ空間へ移っていることを米海軍も認識していることが見て取れる。人文・社会科学も同じで、アラビア語や中国語といったアメリカと外交面で緊張関係にある国の言語が専攻対象に入っている。候補生は2年次に、この中から主専攻を決めることになる。

 専攻によって受講内容は変わるが、全候補生に義務づけられている必修科目もある(表参照)。船舶操縦術や航行術という海軍ならではの科目のほか、海軍史やリーダーシップ論なども学ぶ。そして専攻を問わず、すべての候補生が基礎的な数学や物理を受けなくてはならない。
「いざ、原子力空母や原子力潜水艦に乗艦することになって『機械や放射線がわかりません』では話になりません。こういった、いわゆる理数科系に関する基礎知識を習得する必修科目があるのが特徴的ですね。だから、アナポリスでは文系専攻の候補生も『理学士』として同校を卒業します」

 他大学と毛色が異なるのは「徳育」があることだろう。これは統率力や人格育成を目的としており、理論は講義で、その実践や人格・倫理観の育成は、軍事組織を模した寮生活を通じて学ぶ。
これほどまでに隙のない学生生活を送りながら、校風が自由に感じられるのはなぜか。高橋は海軍へ進む「人数」にも理由があるのではないか、と考えている。海軍兵学校の卒業生は毎年約1,000名である。それに「ROTC(予備役将校訓練団)」と呼ばれる軍の支援で一般大学へ通う貸費学生約1,000名、そして「OCS(幹部候補生学校)」の卒業生約500名を加えると、海軍士官候補は2,500名もいる計算になる。

「特に優秀な上位10%の卒業生だけで250人もいます。その中から優れた指揮官も現れるでしょう。そういった人材を中心に育てたいと考えているのではないでしょうか」

 だから、「大学生活に取り組む姿勢は千差万別でも許される」と高橋は分析する。
「労働流動性の高い社会なので、もともとが優秀な彼らは転職してもキャリアアップしていけます。そうしたこともあり、『ネイビーはこのへんでいいや』と、他大学へ移る学生、やがては海軍を辞めていく士官もいます。自堕落になる学生は脱落することが許され、逆に、自律心があり、自ら考え、決断できるリーダーを育てるのが米海軍兵学校の教育なのです」

フォーブス編集部

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