国際捜査の現場から


そもそも2017年末まで、トランプ大統領と金委員長はお互いを「ちび」、「おいぼれ」と罵りあっていた。核兵器保有国の政治的指導者同士が相互に罵倒しあう状況は、普通に危険である。

それに比べて現在、米朝間では政治的指導者や閣僚、実務責任者が定期的に会うようになった。少なくともこの事実は、前向きな話としてとらえられるべきである。

交渉学の基本として指摘されることであるが、いかなる交渉でも、交渉当事者間における信頼醸成がなければ、交渉を成功裡に進めることは難しい。米朝間で信頼関係を構築することは、非核化や平和体制構築を進めるうえで、必要最低限の条件である。

ただし、北朝鮮は前述したようにタフ・ネゴシエーターである。彼らには、自ら「清水の舞台」から飛び降りる意図はなく、核・ミサイル計画を一方的に中止するつもりはないようだ。少なくとも米朝が、具体的な相互合意に達するまでの間は、核・ミサイル関連の施設の維持補修等、何らかの活動を続けるだろう。

そもそも北朝鮮は、2年後も大統領執務室にいるかどうかわからないトランプ氏の言葉を信用していない(あるいは、トランプ氏の発言を信じる人は、世界中で果たしてどれほどいるだろうか)。そんな人物に、一番大事な「資産」たる核・ミサイルを容易に手放す可能性はやはり低いと考えるべきだ。

北朝鮮は、「不可逆的な非核化」に対する「相応の措置」として、米政府から不可逆的なコミットメントを取り付けようとするだろう。大統領の宣言や署名だけでは、大統領が交代すれば消えてしまう。米連邦議会上院の承認が必要な国交正常化のための条約の締結など、大統領が代わっても反故にされない法的な約束を、北朝鮮は求めていた。

だが、それには米上院の承認が必要となる。しかし、上院が北朝鮮との条約を容易に承認することは到底ありえない。上院は、北朝鮮における人権問題や、サイバー・金融犯罪や紛争地帯への介入など、さまざまな問題の解決を要求する。非核化や平和体制などの課題だけでも大変な難題であるうえに、さらに他にも課題が上積みされるのは必至だ。米朝関係の不可逆的な改善には、相当な時間と、北朝鮮側の努力が必要とされる。

日本も外交努力を尽くすべき

今回の首脳会談後の道のりもスムーズではなかろう。米朝実務レベル協議は、本格的に始まったばかりである。北朝鮮との交渉には、まだこれから長い行程が待ち構えている。

自らの政権の存続を最重要視する金正恩委員長にとって、核・ミサイルはあまりにも重要な「盾」である。米政府の情報機関が分析する通り、彼が自発的にこれを手放す可能性は低い。だが、だからこそ、より積極的な外交アプローチを通じて、北朝鮮を核・ミサイル放棄に向けて誘導してゆく必要がある。

トランプ大統領には、対北朝鮮交渉を単なる得点稼ぎの場として考えさせてはならない。そのためにも、あらゆる外交的働きかけをトランプ大統領個人に対して継続する必要がある。日本としても、非核化が思ったように進まなくとも、少なくとも後退はしないように、あらゆる外交努力を尽くすべきである。

米朝首脳会談の後こそ、対北朝鮮交渉の本番が始まることを覚悟するべきだ。交渉の長期化に備えて、根気強く、かつ大胆に北朝鮮と渡り合う姿勢が不可欠だ。長期にわたり、「対話」と「圧力」の間のバランスを調整しつつも、基本的には「対話と圧力」のアプローチをできるだけ柔軟に継続することが求められよう。

その重要な契機となるべき米朝首脳会談を、単なる「トランプ劇場」に終わらせてはならない。

文=古川勝久

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