危機意識は薄れても、危機管理は続く──2017年まで全頭検査が続いていたBSE

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最後の発生は、2009年の1頭。感染源とされた飼料(感染牛の脳や脊髄といった危険部位を含む、肉骨粉が混ざったもの)の利用はすでに禁止されている。潜伏期間を考えても、感染牛が残っている可能性は低い。

さらに解体時、危険部位を除去する体制も整えられている。これら科学的根拠を積み重ね、2013年になってようやく信頼が回復できたと言ってもいい。問題が発覚してからその域に達するまで、実は12年もかかっている。

食肉生産の現場では、2017年まで特定の月齢に達している全頭にBSE検査を行っていた。これが廃止されてわずか2年。それこそつい最近の話だ。危機管理と危機意識には、かくも隔たりがある。

そして個体識別の制度は、消費者の意識に関わりなく、食の未知なるリスクに備える制度として存続している。

私たちには、知ろうとすれば簡単にアクセスできる情報が山のようにある。

ところが個人のレベルでは、「今、何がリスクで、自分はどこまで知ることができるのか」という視点で考える習慣がほとんどなくなっている。危機管理やリスクマネージメントは、他者が提供してくれるサービスだと高を括ってはいないだろうか。

危機管理が効力を発揮するのは、生活者個人が最低限の情報を持ち、その使い道を知っていることが条件であることを忘れてはならない。いざとなったとき、知識も対処法も小手先のものとなっては、十分な対応ができるとは言い難い。これはある意味、個人の責任でもある。

危機管理を期待される公的機関、企業や団体にあっては、人々が日頃簡単にアクセスできる情報や、自社では当たり前になってしまった制度の中に、こういった「情報の隠れ財産」が眠っていないか、今一度考えてほしい。

例えばそれは、企業価値の新たな評価基準ともなるCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)活動にもつながるかもしれない。

「牛の個体識別情報検索サービス」の例で言うと、大人に対しては、牛の個体の識別や移動歴を明確にする必要があるのはなぜか、順を追って知らせることで、食を介した感染症への理解を深めるきっかけを提供できる。

子どもには、表示を検索することから始まり、パック入りの肉も、元は生き物であるということをたどるワークショップなどが企画できそうだ。食の原点である「命をいただく」という視点から学びを提供することにもなるだろう。

情報の隠れ財産を使い、世代を問わず学びと発見を提供できる。それは、普段あまり顧みられることのないしくみや制度に再びスポットライトを当て意義を伝えること、さらには個人の危機管理力を底上げしていくことにもつながる。これこそ、サービスを提供する側のCSRに通じる取り組みではないだろうか。

すでにあるものを最大限に活用し、伝えるだけで、一石二鳥の価値が創造できる可能性が、実はそこかしこに潜んでいる。

注釈)個体識別番号やロットは、掲示板等にまとめて表示されることもある

文=西岡真由美

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