ビジネス

2019.02.24 12:30

一夜で38億円を失い、世界一革新的企業は生まれた|サービスナウ創業者


会社の躍進と自らの引き際

05年には最初の資金として、JMI Equityが主導する250万ドルのシリーズAラウンドを調達した。セコイアキャピタルがサービスナウへの4140万ドルのシリーズDを主導したのが09年末。同社マネジング・パートナーのダグラス・レオンはそのときまでに、顧客からのこれほど高い評価を目にしたことがなかったという。

サービスナウの売り上げは毎年倍増し、キャッシュフローは黒字になり、取引はドイツ銀行、インテル、マクドナルドといった顧客にまで拡大し、従業員は100人に達した。この時点で、ラディはエゴを抑えて退こうと決めた。彼が知っているのは製品だった。必要だったのは、成長を知るCEOだった。新しいCEOはオランダ人のフランク・スルートマンになった。Data DomainをEMCに売却する前に上場させた厳格で生真面目な経営者だ。

12年6月には株式を公開。そこで得たキャッシュを武器に、さらに新株も発行して、スルートマンは企業を買収し始めた。新しい基礎的技術を手に入れるため、そしてほぼ全ての大手テクノロジー企業と同じように、人工知能に投資するためだった。成長はますます加速した。

サービスナウはCIOたちにとって、そこに行けば何でも手に入るワンストップショップであり、ITヘルプデスクの様々な日常のタスク─事案追跡、パスワード修復、設備の要望、新しいユーザーアカウントのセットアップ、ITシステム管理とトラブル対応─をシンプルな設計のサービスポータルによって集約して自動化していた。

16年までに、売上高は13億9000万ドルに達し、時価総額は123億4000万ドルとなった。ITサービス部門だけに留まる手はない。サービスナウのソフトウェアと評判があれば別の分野へ、すなわち人事領域へ手を広げることが可能だった。

ラディが先例となった。彼が自分の力ではサービスナウを成長の初期段階を乗り越えさせられないと考えたのと同じように、スルートマンも、人事のような分野に入っていくためには別のCEOが必要だと考えた。17年、同社はイーベイの前トップのジョン・ドナホーを迎えた。ラディは18年にCPOから会長職に退いた。


現サービスナウCEOのジョン・ドナホー氏

ドナホーはサービスナウのネットワーク上で簡単に使えるITサポートシステムを、企業のあらゆる部門に広げた。社内では「新興製品」と呼ばれているこれらのサービスは、すべての部門を─人事からカスタマーサービス、マーケティング、法務、ファイナンス、備品に至るまで─ひとつの共有されたオンラインのデータベースに結びつける。経営陣はそのデータを分析し、その情報をもとに行動する。

ゴールは5倍となる売り上げ100億ドル。会社員が雇用された瞬間からワークライフの背後に常に控えるエンジンとなることを目指している。

サービスナウは17年、会社員の入社から日常業務、配置転換、休暇、退職までの職場体験全体を管理するモバイルアプリを開発した。アプリひとつで社員は様々な情報を見つけることができる。自分のデスクの場所を調べ、誰が同僚なのかを知り、オフィスの配置図を見て、スタッフ・コーディネーターに給与やITの質問を送るのだ。

ドナホーのビジョンでは、デスクに新しい電話を導入することは、ウーバーで車を呼んだり、スナップチャットでチャットをしたりするのと全く同じように簡単でなければならない。

「これはテクノロジーに奉仕するためのテクノロジーではない」とドナホーは言う。「我々は仕事をしている人々の生活の質を高めたいと思っているのです」。ただ優れたインターフェイスを提供すればいいだけではない。「それはエンプロイー・エクスペリエンスと呼ばれていますが、私にとっては生産性です」と言うのはジョッシュ・バーシン。自分の名前を冠したコンサルタント部門をデロイト社内で運営している。「私は自分の確定拠出年金を更新するのに楽しい体験を求めてはいません。ただワンクリックで済ませたいだけです」。

さらにサービスナウは、サービスをただ合理化するだけではなく、顧客がサービスカタログや、通知や指示ツールを備えたビジネス用の知能アプリを簡単に作れるように、オートメーションと分析をAIによって改善しようとしている(顧客は約3万5000のカスタムアプリを作っていて、たとえば、万引やガラス破損などのセキュリティ事案を追跡したり、公園内の絶滅危惧種の動物の状態を把握したりするのに役立てられている)。

とはいえ、ラディは自分の会社がルーツを失うに任せたわけでは決してない。

「フレッドは素晴らしいカウンセラー、コーチ、友人であると同時に、我々に対して、ユーザーエクスペリエンスを改善せよ、製品がより使いやすくなっていることを確かめよと常に求める人でもあります」とドナホーは言う。

ラディの飾り気のない実用中心の考え方は、サービスナウのサンタクララの本社に、いまでも表れている。小綺麗で日当たりはいいが、刈り込まれた木々や屋外噴水はいくぶん慎ましやかで、フェイスブックやアップルの大げさなプレイエリアや派手な設計とは違う。

ジーンズとスニーカーを履いたラディは近頃、テニスと10歳の息子に時間を割いている。「この6年間は美しい夢のようだった」。彼は海辺の家で午後の日光浴をしながら言う。「ハグならいくらでもさせるが、頬は誰にもつねらせない」。


フレッド・ラディ◎インディアナ州生まれ。インディアナ大学を中退後、シリコンバレーでキャリアを積む。CTOを務めていたペレグリン・システムズで粉飾会計が発覚。出資金3500万ドルを失う。2004年にサービスナウ創業。

文=キャスリーン・チャイコフスキ、マーク・コートニー 写真=イーサン・パインズ 翻訳=有好宏文

この記事は 「Forbes JAPAN プリンシプル・カンパニー」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事