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裏の狙いに気づきつつも、河野はこの表彰で自信を得た。「まだ色に染まっていない新人だからこそ、できることがあるはずだ」

そう考えて、新たな着眼や発想で、自主的に次々に企画を提案した。こうした提案が認められ、入行半年後にふたたび月間MVPに。こんどは裏も表もない、真正面からの評価だった。

第一勧銀、富士銀、興銀の3行が統合してみずほ銀行が誕生したときは、人事とグループ事業を統合するタスクフォースを担当。3行の担当者で侃々諤々の議論を重ねた。

「それぞれが違うピラミッドで育ち、価値観や考え方が違う。違いをぶつけあって新しい一つのピラミッドをつくる作業は、いい経験でした」

硬直化しがちな組織に、異なる血を注ぎ込んで刺激を与える。河野が銀行員時代に経験した方法論は、オリコでも実践している。

オリコは17年、JICAの研修プログラムに社員2名を送り込んだ。現在、一人はマレーシアで図書館の運営、一人はカンボジアでツーリズム事業と、金融サービスと関係ない仕事に従事している。

「おそらく現地ではトラブル続出でしょう。でも、大変な経験をたくさん積んできてほしい。彼らがたくましくなって戻ってくれば、“異分子”として組織に刺激を与えてくれる。外で経験を積ませる仕組みは、これからさらに拡充させていくつもりです」

18年4月には国内外のフィンテック企業に投資する「Orico DigitalFund」を組成した。「近々、2、3の発表ができる」と、ベンチャーとの協業にも意欲を見せる。

河野の仕事の哲学は「ビジョン、ミッション、パッション」。実現したい未来を描き、いまやるべきミッションを明らかにし、パッションでこなす。

「いま、そこに『イノベーション』を加えようかと考えています。ションが4回で語呂がいいから(笑)」

変革する“異分子”をどれだけ作れるか。その答えは、キャッシュレス化が進んだときに見えてくる。


こうの・まさあき◎1957年、広島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、79年第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。みずほ銀行副頭取、みずほコーポレート銀行副頭取、みずほフィナンシャルグループ副社長などを経て、2016年6月から現職。

文=村上敬 写真=間仲宇

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