ゲノム合成は、0から何かを生み出すことができませんが、すでにある物質を利用して、その中で必要な資材などを合成してつくり出すことはできます。これまで化学の力で行ってきた物質生産の可能性が、ゲノム合成によって環境に優しい形で広がるのです。
そもそも、ゲノムを生物学の専門用語と捉えてしまうと、実はその本質が見えづらくなってしまいます。志村さんともよく話しますが、ゲノムをコンピュータでいうところのOS、つまり生命システムを組み立てるためのオペレーティング・システムだと考えればわかりやすいでしょう。
生物システムを使って何かをつくり出すときには、このOSのプログラムを書き換えてしまえばいい。その発想で、日本でももっと、さまざまな分野、産業で活用していってほしい……その思いが一致して、志村さんたちと協力し、“Genome Thinking(ゲノムシンキング)”にも参画することにしました」(相澤)
相澤准教授が話すこのゲノムシンキングとは、「Smartcell & Design」が提唱する「ゲノムを産業と融合することで、ビジネス的な側面から新しい可能性を考えよう」という、“思考のチェンジ”を広めようというプロジェクト、考え方の総称だ。18年9月には電通主催で「ゲノムシンキング」と銘打ったワークショップも開催。製薬や化学をはじめとしたゲノムに近しい業界はもちろん、広告や自動車など、ゲノムとは一見関わりないような業種の企業からも参加者が多数集まった。
ゲノムシンキング(ワークショップ)
「以前から、デジタル系の新規事業を考えるワークショップを行っていたのですが、さまざまな企業さんに参加いただいているにもかかわらず、土台となっている環境や将来活用が想定されている技術が固定化されていると、何度やっても似たようなアイデアが出てきてしまう状況だったのです。ゲノムシンキングでは、そうした思考の固まりをほぐして、まったく新しい思考・概念で発想することを広めていきたいと考えています。デジタル時代の0と1という世界ではなく、DNAのATGCを自由にハンドリングできるとしたら……可能性は膨大です。
いきなり火星の話だと少し規模が大きすぎるかもしれませんが、例えば今年問題となった塩害で考えると、もしも塩害に耐性のある木をつくれたら、もしくは塩害に耐性のある土壌を整えることができたら、単純に植林のできる地域が拡大しますよね? そうなれば、生産地の偏りや資材不足が解消されるかもしれません。
そういう発想の転換で、いくらでも、なんでもできる可能性があるのが、ゲノム技術だと思うのです。それを、ビジネスパーソンである皆さんに知っていただき、一緒に取り組んでいけたらというのが、我々のミッションなのですよ」(志村)
ゲノムシンキングとは、「何ができるか、ではなく、何をしたいかです」と2人は話す。たしかに、ゲノム技術が成熟した近未来を想定すると、ゲノムでさまざまなものが実現可能になると予測できる。これが新規事業のネタになりえる。
ゲノムシンキングが、偏見や先入観を超えて、産業を変える。新たなビジネスのサイクルは、すでに回り始めている。
相澤康則◎東京工業大学生命理工学院准教授。生命理工オープンイノベーションハブ・ゲノムアーキテクトグループ代表。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。GP-writeのパイロット・プロジェクトに、日本人から唯一、研究計画が採用されている。
志村彰洋◎電通 事業共創部GM、Smartcell & Design創設者。DENTSU JAM!、Dentsu food(x)など、数々の超域事業を手掛け、国際標準化/知財化等を通じて、未来のカタチをつくるためのルールメイキングを行っている。