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日本は、ビジネスどころか、その研究ですら欧米や中国から大きな後れを取っている-そのことに危機感を感じた志村は、帰国後、George M.Church教授に紹介された東京工業大学生命理工学院の相澤康則准教授らにコンタクトを取り、彼らをアドバイザーとして迎える形で先の「Smartcell & Design」を立ち上げたのである。

さて、そもそもゲノムとは何か。本題に入る前に少々おさらいしてみたい。ゲノム(genome)は、遺伝子(gene)にラテン語の接尾語で「〜の全体」を示すomeをつけた言葉であり(genome = gene + ome)、「全遺伝子セット」を指す。例えば、ヒトの遺伝子は全部で約2万種類存在するが、それらをひとまとめに「ヒトゲノム」と呼ぶ。

そして、ゲノムを構成しているのがDNAという物質である。DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の化合物(塩基と呼ばれる)が鎖状に連結した構造をしており、その4種類の塩基の並び順が、いわゆるゲノム配列なのだ。

「ヒトゲノムを構成しているDNA では、塩基が約30億個も並んでいますが、ほかの生物ではその塩基の個数も並び順も異なります。また、同じヒトという生物種である個人間でも塩基配列が異なることがわかっているのです。過去、約20年に及ぶ『ゲノム解析』の賜物です。その延長として、患者と健常者のゲノム配列を比較することで、病気のなりやすさや薬の効きやすさに関係する塩基の位置を特定することができるようになりました」(相澤)

そして、志村がボストンで目にした「ゲノム編集」は、「生きている細胞の中で、塩基配列の並び方を好きなように変えられる技術」だと相澤准教授はいう。15年にアメリカで発売された茶褐色に“変色しないリンゴ”は、カナダのOkanagan Specialty Fruits社が開発した「PPO遺伝子サイレンシング技術」のゲノム編集の技術によって実現されたもの。また、17年にカナダで販売が開始された世界初の遺伝子組み換えサケ「Aqua Advantage Salmon」も、AquaBounty社によるゲノム編集技術によって生まれたものだ。

ゲノム編集だけでも生命システムの産業化にとって強力な技術であるが、ゲノム合成はそのはるか上の次元をいく。

「ゲノム合成は、ひとつの街をつくるようなものです。その前段階として、何が必要か、何が欠けているのか調査するのが解析。編集はたったひとつのビルをリフォームするようなものだと思っていただければわかりやすい。建物の骨格は決まっていて、『ここの窓がちょっと気に入らないから直そう』と一部を修復するイメージでしょうか。

Zhang教授らによる『CRISPR/Cas9』も、まさにそういった発想です。編集技術では、街全体を設計できるわけではないけど、これがもうひとつ進んで『ゲノム合成』になれば、『どの場所に、どのような形状の建物を、どの材質で、どのような組み立て方で建てればいいか』まで、踏み込めるということになる」(志村)

日本でも、食品会社の味の素がオーガニズムデザイン(微生物育種)技術を有するGinkgo Bioworks社と提携し、発酵生産菌の構築を目指すと発表している。両社はゲノム合成技術によって、微生物を育種開発するという。また、日本企業からの依頼によって、アメリカのゲノム技術の大手・Amyris社がゴムの原料を生成している例もある。

「火星の『Design Natural Resources』の提案も、このゲノム合成の技術を利用しようというものです。ゲノム解析によって明らかになったさまざまな生物種の遺伝子のなかから好きな遺伝子を選び出し、それら遺伝子パーツを新たに組み上げることで、そこにすでにあるものの化学構造を変え、別の物質をつくり出せる新しい物質変換が可能になるはずです。

文=千木良美樹

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