「習ったことは、分け与えなさい」仏シェフ、マレーシアでの挑戦

セント・レジス・ランカウイのレストラン「カユ・プティ」でコラボレーションしたシェフたち。(左から)ギータン・ビエス、リーガン・ハンシェフ、ベノ・ウィカサナ

マレーシア北西部、アンダマン海に浮かぶランカウイ。豊かな自然が残る島だ。

2016年11月、シンガポールからこの地に降り立ったフランス人シェフ、ギータン・ビエスは、その美しさに魅了された。向かったのは、穏やかな海が広がるビーチに佇む5ツ星ホテル、セント・レジス・ランカウイ。「今度こそ」という思いが、彼の胸をよぎった。

その4カ月前、前代未聞のニュースがシンガポールのメディアを賑わせた。歴史遺産に認定された由緒ある建物を改築して、オープンをめざしていたホテルが、あと48日に迫った日、突然、開業中止となった。出資者の1人が建物をすべて買い取り、ホテル建設の計画が変更されたのだ。

ビエスは開業に向けて、ホテル全体を統括する総料理長として準備を進めていた。2年間かけて厨房を設計し、新しいペルー料理レストランのための食材のルートを開拓し、メニュー作成を行なっていた最中のことだった。彼にとっては、人生を賭けたチャレンジだった。

ビエスは愕然とした。5つ星ホテルの総料理長の仕事を辞め、まさに心血を注いできたこの2年間はいったい何だったのか。職を失い、しかも外国人であるビエスは、雇用先が発行するビザがなければシンガポールに滞在できなかった。

とはいえ、落ち込んでばかりもいられなかった。新しい仕事のオファーが彼に舞い込む。そして、心機一転、やって来たのがオープンしたばかりの、このセント・レジス・ランカウイだったのだ。

水上ヴィラの「カユ・プティ」

ランカウイ。その名前を聞いたことはあっても、「美食」を思い浮かべる人は少ないかもしれない。その地に美食の文化を生み出し、発信したい。それが、ビエスが心に決めた新しいチャレンジだった。

到着するなり、仕事が待っていた。16年の5月にホテルは開業していたが、前任者は膨大な仕事の量に対応できずに1カ月ほどでホテルを去っていた。間もなくかき入れ時のクリスマスが来る。急ピッチで準備を進めなくてはならなかった。

ホテルにはプライベートビーチがあったが、厨房が遠すぎて、きちんとしたフードやドリンクのサービスができていなかった。大急ぎでビーチサイドにレストランを新設した。バーベキューやピザなどのシンプルな食事が中心だが、メニューに「セヴィーチェ」など、さりげなくペルーの味覚が織り込まれているのは、どこかでシンガポールでの挑戦に諦めきれない思いがあったからかもしれない。

「人生で一番大変だったかもしれない」と、この時期を振り返るビエスは「この年の最大のクリスマスプレゼントは、パティシエが来てくれたことかも。ただしクリスマスの翌日にね」と笑う。


海を望むロマンティックなロケーション

メインレストランは、総工費800万米ドル(約8.8億円)をかけた、美しいコロニアル風の水上ヴィラの「カユ・プティ」だ。マレー語で「白い木」を意味するそのレストランは、店内にアンティークを配置した凝ったつくり。元々はヨーロッパ料理を提供していたが、ビエスは徐々に、自らが考案したマレーシア料理をベースにしたフュージョン料理にメニューを入れ替えていった。
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編集=Forbes JAPAN 編集部

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