だからといって、若者たちに過酷な仕事を強いるということではない。「なるべく早く休ませるようにしています。長時間働いて疲れると、仕事の精度が下がってしまうから」と彼は語る。誰よりも長時間働いているのは、ビエス本人だ。
総料理長として、カユ・プティだけでなく、オールデイ・ダイニング「オランジュリー」、バーベキューレストラン「パンタイ・グリル」など3店を見ている。朝8時半にはホテルに来て、食材のチェックや打ち合わせなどを済ませる。若者たちの出勤時間である10時にはカユ・プティに来る。「それまでにすべての用事を済ませておくことで、それ以降は若いスタッフの指導に集中できる」というのがその理由だ。
「既に一人、他のレストランに行けそうなレベルにたどり着きそうなスタッフがいます」とビエスは嬉しそうに話す。彼が活躍する姿を見れば、他の若者たちも、自分ももっと頑張ろうと自覚することになるわけだ。若いスタッフに、ワールドワイドな料理の舞台を与えたい。そんな思いで、招待状にもベネの名前を載せ、あえて「6ハンズ」としたのだった。
ランカウイはマレー料理の文化
ビエスがここランカウイでつくっているのは、ヨーロッパの技術とプレゼンテーションを用い、地元マレーシアの味わいを生かした「この土地で食べる意味のある」料理だ。
首都クアラルンプールが中国料理の影響をより強く受けているのに対して、ランカウイはマレー料理の文化がより強く、タイに近いためスパイスを多用する。また、海に囲まれているだけにハタや鯛、ロブスターや蟹などのシーフードが豊富で、レストランで使う魚介類は、帆立貝などをのぞいて、ほとんどが地元産でまかなえる。
私が受け取った招待状は、カユ・プティにとって初めてのコラボレーションだった。コラボの相手のリーガンも、国土の狭いシンガポールにありながら、「シンガポール産」の食材を90%使ったモダンシンガポール料理に奮闘しているシェフで、ビエスとの共通点がある。
このコラボで、ビエスがランカウイのチームに期待するのは、新しいスキルを身につけたり、他のシェフの仕事の仕方を学んだりことだけではない。かつて自分がフランスを出て、アメリカやドバイなど世界で働いてきたように、「外に目を向けて、経験を積んでほしい」と願っていた。
迎えた2019年1月、当のコラボレーションで供されたのは、アミューズと6コースのディナーだ。ビエスがつくった料理の中でとくに私の目を引いたのが、「アッサム・ペダス」と呼ばれる伝統的なマレーの煮込み料理をアレンジしたリゾットだ。
アッサム・ペダスのリゾット
本来は、タマリンドという果物と唐辛子を使った酸味のあるカレーのような料理で、ご飯と合わせて食べるのだが、辛味を控えめにしたソースを、ランカウイ産のロブスターと、イタリアのカルラローニ米を使ってリゾットに仕立ててあった。タマリンドの実でつくった円盤は食感のアクセントに、飾りに見える花は生姜の花で、このアッサム・ペダスに欠かせない調味料でもあり、味わいにフレッシュさを加えている。
一方のリーガンの料理では、ランカウイ産の蟹を使った、シンガポールを代表する料理のひとつ、チリクラブをモダンにアレンジしたものに感銘を受けた。「ランカウイの蟹は食感が柔らかいので、シャキシャキとしたフトモモの実を混ぜ込んで食感を出した」という。
チリクラブをアレンジした冷菜
蟹に卵白と素揚げにしたカレーリーフを添え、チリクラブのソースをイメージしたアイスクリームを乗せることで、本来は温かい料理であるものを冷たく清涼感のある前菜に仕立てた。また、チリクラブのソースベースには、トマトを使うところを、シンガポール産の苺を使って甘酸っぱさを出している。