「習ったことは、分け与えなさい」仏シェフ、マレーシアでの挑戦

セント・レジス・ランカウイのレストラン「カユ・プティ」でコラボレーションしたシェフたち。(左から)ギータン・ビエス、リーガン・ハンシェフ、ベノ・ウィカサナ


それから2年後の18年9月、私はビエスから、風変わりな招待状を受け取った。シンガポールで地場の食材を使ったモダン料理を提供する、ミシュラン1ツ星レストラン「ラビリンス」のシェフ、リーガン・ハンシェフとのコラボレーションを行うので、来て欲しいという内容だった。


左からリーガン・ハンシェフ、ベノ・ウィカサナ、ギータン・ビエス

変わっていると思ったのは、コラボレーションの内容ではない。2つのレストランが共同でコラボするのは、通常「4ハンズ」と呼ばれる。レストランを代表するシェフが2人だから、手は4本というわけだ。しかし、ビエスからの招待状には「6ハンズ」とあり、彼の名前の横に、顔写真とともに、カユ・プティの若いヘッドシェフの名前があった。

習ったことは、他の人に分け与えなさい

地元の味をモダンにアレンジして発信するのと同時に、現地のマレーシアの若い才能を育てる、というのが、ビエスのもうひとつのテーマだった。厨房スタッフは、知人の紹介で採用した28歳のインドネシア人のヘッドシェフを除き、全員をマレーシア人で揃えた。料理学校を卒業したてのスタッフも少なくなく、平均年齢は23歳という若さだ。

ビエスは42歳だが、遡ること20年前、フランスで働いていた頃、師匠に言われた忘れられない言葉があった。

「習ったことは、全部他の人に分け与えなさい。伝えなかったら、自分が死んだ後に、せっかく思いついたアイデアもスタイルもテクニックも、すべて消えてしまうのだから」

だからこそ彼は、美食の文化がまだ根付いていないこの場所で、若い世代を育てて行くことに献身したいと思ったのだ。

若い世代に、どのように教えて行くのか。きつい立ち仕事で拘束時間も長い厨房スタッフの採用が難しいのは、世界的な問題だ。採用だけでなく、どのようにモチベーションを与えていくのかということもある。

ビエスが考えたのは、「全員が見習いシェフ」という体制だ。通常、フランス料理の厨房では、前菜、魚、肉、デザートなどの部門に分かれ、それぞれの部門ごとに、部門シェフ、部門シェフ補佐、見習いなど、細かくポジションが決まっている。

ビエスはそれらの上下関係をすべて取り払い、全員がフラットに働く体制をつくった。そして、11人の見習いシェフの上に、ヘッドシェフのベノ・ウィカサナを置くというシステムだ。オープンキッチンに立つ全員が、全体の流れを把握し、連携して、料理づくりを行う。メニュー作りも誰もが提案ができ、試作をヘッドシェフとビエスが確認して、合格すればメニューに乗る。

そして、一定期間働き、成果を上げたら、彼らが行きたいレストランに紹介すると約束した。世界の5つ星ホテルで働いてきたビエスのコネクションで、希望のレストランで働く道筋が得られるというわけだ。

マレーシアのゆったりとした時間感覚に流されるのではなく、しっかりと将来を見つめ、ここをステップに世界への扉を開いてほしいというのが、ビエスの考え方だ。一種の成果主義で、「一生懸命頑張れば、自分の思う未来が開ける」というモデルを提示することで、若者たちのモチベーションとしたのだ。
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編集=Forbes JAPAN 編集部

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