この日も、汗をかいてはいけない現場でした。食品のCMですから、額や首やワキに汗が滲み出ていることで不快感を持たれるといけません。(今ではCGで処理できることもありますが)
市原さんには、撮影場所である野原の中まで歩いて行ってもらう必要がありました。この日の状況では、汗が出るのは100%確実です。その度にモーターホームに戻って衣装を乾かすことをしていたら、日差しの高い、撮りたい時間内では撮れなくなります。
しかし、我々は、市原さんの言葉を信じて、何の対策も講じることなく、撮影に臨みました。実際には、有効な対応策がなかったので、市原さんの言葉にすがっただけともいえます。
そして、撮影時には、さらに気温が上がりました。
市原さんが現場に現れました。本当に汗ひとつかいていません。我々は立っているだけで汗が吹き出ていました。きっと、市原さんもそのうちに…。
しかし、市原さんは、爽やかに演技をして、待ち時間の間も涼しい顔で、何度か演技を繰り返して、そのまま汗をかくことなくモーターホームに戻りました。
後で、スタイリストさんに訊いたところ、衣装に汗の後は無かったそうです。
その後、自分で調べても、「自分の意思で汗を止める方法」は分かりませんでした。分かったのは、すごい技術は簡単に手に入れられないということ。市原さんは、さまざまな試行錯誤と長い鍛錬で、独自に体得されたこと。そして、他に体得している人が見当たらないこと。
一流の俳優の凄さ、日頃の鍛錬の大事さを目の当たりにしました。
撮影が終了し、市原さんが帰られる際に、お礼の挨拶に伺いました。すると、私服に着替えていた市原さんは、モーターホームの扉を使って扉から顔だけを出して、「家政婦は見た」のシーンを再現して我々を出迎えてくれました。あの目で、ジーッとこちらを見ているのです。皆、大笑いしました。
また、スポンサーのためにサインをお願いされていた色紙には、「秀吉の母 なか 市原悦子」と、その年、平均視聴率30%を超えていたNHKの人気大河ドラマでの役名を記すなど、サービス精神に溢れた対応をしてくれたのです。
ものすごい実績もキャリアもある方なのに、そのことを笠に着た言動はなく、目の前の相手に喜んでもらおうと接する。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を体現されているだけではなく、さらにユーモアを加味したような方でした。
あの日、市原さんのように、自分の仕事の分野ですごい技術を持った、気さくでサービス精神に溢れた、一流の職業人になりたいと強く思いました。
あれから23年…。技術も、気さくさも、サービス精神も、市原さんの遥か遠くにも及んでいません。
でも、市原さんと仕事をできたおかげで、今の私はあります。
市原さん、ありがとうございます。
連載:無能だった私を変えてくれた凄い人たち
過去記事はこちら>>