「風の人」が動かす
「防災はハードルが高く、行政が情報を提供しているのに全然響いていない」。被災者のヒアリング後にそう感じた永田は、もう一つの行動を起こした。防災の本を作りたい。しかし言葉では伝わりづらく、デザインの力が必要だった。そんな時に声を掛けたのがアートディレクターの寄藤文平だ。
07年親しみやすいグラフィックデザインを用いた防災マニュアル『地震イツモノート』が完成した。これまで東京ガスや東京メトロ、埼玉県など40近くの企業や行政機関から依頼を受け、社員・職員向けの「防災マニュアルブック」を作成した。評判が広まり、無印良品から「本の展示をしないか」と声が掛かった。
「それなら、無印の商品を使って防災グッズのセレクトショップを考えましょう」。永田が提案し、無印良品とのコラボレーションが始まった。
12年には、大切な人に「もしも」の備えを贈る「ITSUMO MOSHIMO」キャンペーンを展開。キャスター付きの収納ケースに普段食べている食料品を一定量保管して、なくなったら買い足す「ローリングストック」法を提案したり、子供向けの防災セットとして絆創膏や歯ブラシ、着替えなど必要な物を紹介したりした。寄藤とのタッグはEARTH MANUAL PROJECTなどにもつながった。
永田がクリエイターと共に社会課題にアプローチをする時、大切にしているのは「愛情と情熱を持って寄り添い、謙虚であること」。その姿勢は建築家と通じるという。
「建築家もリサーチを徹底的にして、クライアントに寄り添いながら、設備や構造、内装などの全体的な設計を整理してコーディネートします。やっていることは建築家の時から変わっていません」。
もう一つは社会課題の柔らかな捉え方だ。「今、各地で種がなくて困っています。多くの地域が、種を蒔く『風の人』を求めています」。神戸市を例にすると、「風の人」がKIITO、「水の人」が行政やまちづくり団体、「土の人」が市民という。
パーソンズ美術大学では、ロバートら講師陣が「風」と「水」両方ができる「霧の人」に変身した。「土」だった学生は学びを通じて「新しい風」になろうとしている。インド人学生の言葉が象徴的だ。
「EARTH MANUAL PROJECTをインドに帰ってやりたい。どこに問い合わせたらいい?」
活動の広がりに永田自身も驚く。声高に叫んでも動かない現状が「+クリエイティブ」で人の心をほぐし、じわりじわりと社会を変えて行くのだろう。
永田宏和◎企画・プロデューサー。建築家として竹中工務店勤務を経て独立。2006年にNPO法人「+arts(プラス・アーツ)」を設立し、理事長を務める。12年8月よりKIITO副センター長。
天宅 正◎神戸市クリエイティブディレクター。神戸市出身。2016年に独立しNPO法人「銀座ミツバチ」とともに日本各地の商品デザインやディレクションに携わる。17年6月より現職。
平野拓也◎神戸市クリエイティブディレクター。茨城県出身。大分県事業のブランド開発や「山形ビエンナーレ2016」に関わるなど地域課題にデザイン面からアプローチ。18年6月より現職。