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アラリ・オラヴ

エストニアと聞くと多くの人は「電子国家」を想起するだろう。そのイメージは、影で躍動する政府直下デザイナーたちの狙い通りだった。


エストニア出身のデザイナー、アラリ・オラヴ。「実は来年、パパになるんだ」と微笑む彼は、「国のデザイン」を担う政府機関「Brand Estonia」の中心人物である。

Brand Estoniaは、エストニアという「国」そのもののブランド価値向上を目的に、16年に設立された。オラヴの役割は、国内から集った精鋭デザイナーたちを統率しデザインを監修すること。彼自身も、政府職員ではない民間のデザイナーで、政府とはプロジェクト毎の業務委託契約を結んでいるという。

オラヴが政府のプロモーション案件に携わるようになったのは約10年前のこと。以来、オラヴが大きな役割を担ってきたエストニアのブランディング戦略では、3つの大きな失敗を乗り越えてきた。

バラバラのコンセプト、目的化するロゴ制作

1つ目は、「複数のメッセージが混在していた」こと。00年代初頭のエストニアは、旧ソ連から2度目の独立をしてわずか十数年の小国で、国際社会からの知名度は著しく低かった。それゆえ、民間企業を中心に世界中から認知されるようなエストニアブランドの確立を望む声が上がっていた。

しかし、当時は国単位の統率が取れておらず、ブランドメッセージが複数あったことがその浸透を妨げていた。明確で統一されたブランドの整備が急務だったのだ。

こうした背景に、世界初の電子国民制度であるe-Residencyのリリースなどが重なって、リブランディングの機運が高まったのが15年。しかし、同年に政府職員主導で行ったブランディング施策は全く上手くいかなかったとオラヴは話す。これが2つ目の失敗だ。

「課題の本質を見極め、整理をする真のデザイナーがいなかったんだ。ロゴを作ることが目的化してしまい、最初に取り組むべきコンセプトやコアメッセージ策定がされていなかった」

これらの失敗を教訓に、16年にBrand Estoniaが誕生した。オラヴは過去の実績が評価され、立ち上げメンバーの中でもデザインチームのヘッドとして招聘を受けた。

文=齋藤アレックス剛太 写真=カーレル・カラ

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