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シネマ未来鏡

(c)META FILM LONDON LIMITED 2017

果たしてこのようなことが現実に起こるのだろうか……と、かつて小説の創作現場に立ち会ってきた身としては、作品を観ていて、まずそんな疑問が沸き起こった。

もちろん、映画のなかの話としてしまえばそれまでなのだが、この作品においては、そのあたりのリアリティについては重視してしかるべきであるとも考えていた。

「天才作家の妻 −40年目の真実−」は、アメリカ・コネチカット州に住む老夫婦の寝室に、朝まだき1本の電話がかかるところから始まる。いまどき固定電話かと思うのだが、どうやら時代は1990年代らしい。電話はスウェーデンからで、夫であるジョゼフ・キャッスルマンのノーベル文学賞受賞を伝えるものだった。

ベッドの上で小躍りしながら、手を取り合って喜ぶ老夫婦だったが、妻のジョーンの胸には、複雑な思いが去来していた。自宅に集まった知人たちの前で、「ジョーンは人生の宝だ。彼女なくして、私はいない」と妻をねぎらうジョゼフだったが、その言葉に込められたもうひとつの意味には、誰も気づかなかった。

夫婦は息子デビッドを伴い、コンコルドで(そんな時代だ)ストックホルムの授賞式に向かう。デビッドも作家ではあるが、世界的作家である父に対して劣等感を抱いており、微妙な関係だ。授賞式までのあわただしいスケジュールをこなすなかで、時折見せる妻の戸惑いが、次第にクローズアップされていく。

隠されていた「真実」は、ジョゼフの伝記を書くため取材を続けてきた記者、ナサニエルによって突きつけられる。彼はジョーンにこう尋ねるのだった。「あなたはジョゼフにうんざりしているのでは。“影”として、彼の伝説づくりをすることに」と。

実は、夫のほとんどの作品は、妻が執筆しており、いわば彼女は世界的名声を博す作家の「ゴーストライター」だったのだ。


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ノーベル賞に移し替え

原作は2003年に出版されたメグ・ウォリッツァーの小説「The Wife」(映画の原題も同じ)。そのなかでは、夫はフィンランドのあまり有名ではない賞を受ける設定になっている。しかし、ここからがハリウッド流のマジック、「物語をよりドラマティックに、エキサイティングにするために少し手直しした」と脚本家のジェーン・アンダーソンは語る。

なにしろ移し替えたのが、文学賞としては世界最高峰のノーベル文学賞だ。「少し」どころか、かなりのスケールアップだ。歴代のノーベル文学賞の受賞者を眺めてみても、人間の存在を深く追求してきた作家たちが名を連ねている。いくら優秀とはいえ、とてもゴーストライターで通用するものではないのでは、というのが冒頭で述べた疑問だ。

この作品を観たかつての同業者にも意見を求めたが、彼女もその「無理」については考えてはいたという。とはいえ、これはそんなことよりも、このような立場に立たされた妻の複雑な胸中を描いたドラマとして受け止めるべきだと諭された。男性と女性では観方がまったく異なる作品だとも。

そこからだいぶ長い議論とはなったが、確かにその意見は正しいかもしれない。実際、男性が考える理想的な結末と、女性が考える主人公のあるべき姿では、かなり食い違いが生じていた。そして、決然としたラストへと至るドラマは、ゴーストライターでノーベル賞受賞は可能かなどという矮小な問いなど吹き飛ばす、密度の高いものだ。

文=稲垣伸寿 写真提供=松竹

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