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シネマの女は最後に微笑む


『オズの魔法使』のドロシー役で一躍スターになったガーランドは、ダイエット薬として覚せい剤を常用していたため、二十歳を越える頃から神経症と薬物中毒に悩まされ、入退院と自殺未遂を繰返し、MGMを解雇されている。

『スタア誕生』への主演は、映画スターとしては落ち目になっていたが、歌手として新たな評価を得始めた彼女に久々に訪れたチャンスだった。しかも役柄上の相手となるノーマンという人物は、まさにそれまでの彼女の姿とだぶるところがあった。

ハリウッドから転落しかけた30代の女優に、『スタア誕生』という往年の名作を振り、彼女がもっとも輝くだろうミュージカルで生かそうとしたプロデューサーの采配には唸る他ない。


映画が公開された1954年当時のジュディ・ガーランド(左、Getty Images)

初主演作が大ヒットして有名になり、ノーマンから「世界は君のものだ」と賞賛され、レコーディング中にプロポーズされ、家で夫に請われて彼だけのために歌うエスターは、ずっと醒めない夢の中にいる気分だっただろう。

解雇通知を受けても鬱屈を見せるのを良しとしなかったノーマンは、サンドイッチを作って妻の帰りを待っている。無邪気な妻はスタジオでの高揚感のままに、優しい夫の前でダンスや歌を披露して見せる。

妻に隠れて飲酒をしていた夫の奇行が目につき始めた頃には、すべては手遅れになっていた。

二人の末路は、出会いに既に現れていた

もしこれが、男女逆転していたらどうだっただろうか。

先輩格の女優が才能ある若者を見出し、晴れてスターとなった彼と結婚するが、自分は徐々に干されていくというケース。「彼を支えるため、私は家庭に入ります」と宣言したら、むしろ讃えられるのではないだろうか。妻は家で夫のケアをするという考え方が根強い中では、売れなくなったのに仕事にしがみついているよりもずっとマシだと、本人も自分を納得させられたかもしれない。

男性の場合はそれが逆になってしまう。同じ業界の、自分が見出して妻にもした女性に、人気でも実力でも完全に追い抜かれるという屈辱感。かつてはスターだったという思いが強いほど、同時に、彼女を深く愛しているほど、その屈辱感は拗れて本人の心を蝕むだろう。

しかし不安定な要素は、二人の最初の出会いに既に現れていた。酔って楽屋に現れまだ出番でないのに千鳥足でステージに出ていったノーマンを、出演中だったエスターはなんとかうまくダンスに巻き込み、必死にサポートしながら舞台袖に連れ戻している。

それは後に現実となる、ライトを浴びて輝く妻の足を夫が引っ張り、ひんしゅくを買う夫を妻がかばうという図そのものだ。一回めの時は客席から笑いが漏れたが、後年は客席を凍りつかせることになった。終盤、夫が憎くなってしまう自分を怖れ、自分を責めるエスターの苦しみは、ジュディ・ガーランドが童顔なだけに痛々しい。

仕事もプライベートもほどほどにバランスよく……と普通の人は願うものである。しかしスターの栄光は己のすべてをそこに投入することなしにはあり得ず、平凡な幸福とはなかなか両立しない。半世紀前も今も変わらぬだろう、その冷徹な事実を思い知らされる。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野左紀子

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