「弊社の勤務体制や制度はごく一般的で、在宅勤務、フレックスなど他社でも推進されていることばかり。ただ、大きな違いがあるとしたら、それを育児や介護など特定の事情を抱える人に限定していないこと。原則として社員全員がすべての制度を利用でき、それこそ『今日は犬の散歩があるから在宅勤務で』という理由ですらOKなんです(笑)。もちろんビジネス上の結果を出すのが大前提ですけどね」
男女を問わず各個人の違いを認めて活かしあうダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)を重要な経営戦略のひとつとするP&G Japan。広報渉外本部シニアマネジャーを務める住友聡子の言葉からは、およそ四半世紀にわたってダイバーシティを推進してきた企業の、確固たる礎と懐の深さが窺える。
始まりは1992年のウーマンズネットワーク発足だ。女性社員同士のネットワークが生まれたことにより、管理職数が徐々に増加(現在は35%を達成)。99年には、「フォーカスすべきは、女性ではなく個性」と、ダイバーシティ推進に移行した。
現在のダイバーシティ&インクルージョンは「ビジネスで勝ち抜くための重要な戦略であり、誰かの働きやすさを支えるための施策ではない」と住友は断言する。そう正しく社員に理解してもらうため、経営陣、管理職、一般社員など階層別のトレーニングも徹底している。
HRシニアスペシャリストの松野美緒によれば、「文化と制度とスキル。この3つが一緒になって初めて定着する」らしい。「ダイバーシティ自体はただの“多様性”という状態であって、それをインクルージョンしなければまったく機能しません。そのためのスキルを、それぞれの立場によって理解する必要があるんです」
2016年、P&G Japanは外部からの熱心な問い合わせに応えるかたちで、培われた知見を「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」として集約し、これまでに300を超える企業・団体に無償で提供した。
研修講師は認定を受けた社員が登壇するが、所属部署は人事とは限らない。マーケティングに法務、営業部に所属する社員もいて、多様性を活用したポジティブな実体験が語られることが特徴だ。
例えば、「育休復帰した女性社員に無理をさせてはいけないと不要な気遣いをしたことで本人の頑張る意欲を減退させてしまった」というエピソードには、受講者から「自分も良かれと思ってやっていた」「可能性を排除してしまっていたのか」という共感や気づきの声が多数上がったという。
「私たちの失敗を含めた25年のノウハウをお伝えすることで、皆さんが回り道をしなくて済むのであれば──」。日本全体のダイバーシティの需要と活用が進むことが、道なき道を開墾してきた彼らにとっての喜びでもある。
300社に無償提供した「D&I啓発プロジェクト」
2016年3月、トップ直轄組織として「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)啓発プロジェクト」が発足。その一環で、ダイバーシティ推進をかたちだけで終わらせない、インクルージョンスキル(個々の多様性を受け入れ、活用する能力)を身につけるための管理職向けプログラムを独自に開発し、提供をスタート。現在は企業や団体ほか、大学への寄付講座も含め、研修や講演を無償で実施している。