求められる多様性と包摂性
「いさなとり(勇魚取)」という古い言葉が我が国にはある。万葉集に見られる海にかかる枕詞で、「捕鯨」を意味している。
「鯨食」は縄文時代から続く食習慣で、原稿を書きながら「ゲイショク」と打ち込めば、今でも「鯨食」と変換される。宮城県石巻で鯨肉を扱う木の屋ホールディングスの木村長門社長は、「石巻では盆と正月には鯨の刺身で祝う習慣があって、工場の前に長蛇の列ができる」と話す。「新潟や北海道は皮、長崎はベーコン、福岡は塩漬けが人気みたいだね」と続ける。鯨食文化を持つ地域は全国に散在する。
日本の捕鯨は歴史上2つに分けて考えるべきだろう。1つ目は古代からの食文化としての地域沿岸漁業だ。2つ目は第二次大戦後の食糧難対策、南極海への遠洋漁業だ。昨年末のIWC離脱に伴い、2つ目の遠洋漁業は終焉を迎える。一方、地域文化である沿岸商業捕鯨が復活する。
北極フロンティア会議では、いかに先住民の伝統的生活を守るかについて、美しい民族衣装を纏った先住民を交えて議論された。会議は少数派の価値観を認め、多様性を尊重している。世界には先住民生存権としての捕鯨もある。北極圏のイヌイットらが自国の海域内で行う捕鯨は別枠でIWCにも容認されているのだ。
「北極フロンティア会議」が開催されたノルウェー最北端の町、トロムソ。港には街のシンボル、捕鯨の像が
日本でも商業捕鯨の再開が、鯨食文化を持つ地域住民の文化継承、地域活性化、そして科学に基づく持続可能な水産資源の活用に繋がるなら、我々はもっと伝統的生活を重んじる地域住民の意見に耳を傾け、ラグビーでいう「One for All, All for One」のチームプレイの精神を心に留めてみるべきではないだろうか。
IWC脱退で日本は独自に資源管理の責任を担う。水産研究教育機構の平成29年度国際漁業資源の現況によると、日本沿岸のミンククジラの資源量は高位増加傾向とされている。国際協定の持続可能な捕鯨のルールは、科学に基づき漁獲枠を設定した先進的な管理漁業になっており、日本は商業捕鯨にもこの厳しいルールを遵守すると明言しているので、他のどの魚種にも増してしっかりと資源管理がなされていくはずだ。
万葉集に歌われた「いさなとり」。古典文学が示すとおり、我が国は海とともに伝統文化を紡いできた。日本は、今後、国際社会において多様性と包摂性を尊重し、科学と伝統のバランスが均衡した新たな価値を実践することで、世界を牽引していくことができるはずだ。
我が国が海の恵みとの付き合い方の模範を示し、「21世紀のいさなとり」が未来を切り開いていけるよう願っている。
連載 : 海洋環境改善で目指す「持続可能な社会」
過去記事はこちら>>