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「ぼくらがやりたかったことは、ダイソンで働く素晴らしいエンジニアたちをアカデミアに組み込むことでした」と語るのは、同校のディレクターを務めるダンカン・パイパーだ。

「そこで各領域の最も優秀なエンジニアたちを連れてきて、パートナーであるウォーリック大学と一緒になってカリキュラムをつくっていったのです。『それぞれの領域で、未来のエンジニアにはどんなスキルが求められることになるだろう?』とディスカッションを重ねながらね」

そんなDyson Instituteの目標は、壮大だがシンプルだ。教育スタートアップを経て大学設立に携わるべくダイソンに入社したパイパーは、面接でダイソンに初めて会ったときの会話を思い出しながら言う。

「この学校で何をしたいのかとジェームズに尋ねたところ、彼の答えはいたってシンプルなものでした──『世界最高のエンジニアリング大学をつくりたい』。それが、ぼくたちのビジョンということです」

しかし、そもそもなぜ、ダイソンは若者を育てることにここまでこだわるのだろうか? 理由のひとつには、自身が若かったころの経験があるという。彼はRCA在学中にエンジニアリング企業のロトークに入り、最初の発明品となる上陸用船艇「シートラック」を開発しているが、このときに「重要な人生の師であり、生きたお手本」になったと自伝に書いているのが、発明家でロトーク創業者のジェレミー・フライだった。

フライが駆け出しのダイソンを信じ、全面的に仕事を任せてくれたからこそ、実践のなかで独自の解決策を生み出す力を身につけることができたのだと、ダイソンは先述の『on:』でも語っている。「彼から学んだ『つくりながら学ぶ』精神は、私が行ってきたすべてに当てはまるものであり、DysonInstituteで私が教えたいすべてを支えるものである」。

そしてもうひとつ。今回の取材でダイソン本人にその熱意の理由を尋ねてみると、彼は生まれ育った環境の影響もあるのだと教えてくれた。両親がともに教師だったこと、兄も教師であることに触れながら、「教育は、常に自分の人生の一部だった」と彼は言う。「だから私は、純粋に若い人たちに興味があるんだ。そして、彼らとともに働くのが好きなんだ」。

「いまもこれからも技術を発展させたいだけだ」

Dyson Instituteは、今後何十年にわたって未来のエンジニアを育てるために貢献することだろう。だがある意味では、ジェームズ・ダイソンの存在そのものが、ずっと昔からかけがえのない「教育」の役割を果たしてきたのかもしれない──。

そんなことを考えたのは、現在ダイソン本社で働く唯一の日本人デザインエンジニアである菅原祥平に話を聞いたときだった。日本の大学で機械工学を専攻したあとにプロダクトデザインを学んだ菅原は12年にダイソンの存在を知り、「デザインとエンジニアリングの融合という、ぼくがやりたかったことをまさにやっていた会社」に衝撃を受け、ここで働くことを決めたという。

その後、リハビリサポート機器「Raplus」でジェームズ・ダイソン・アワードの国内第2位を受賞したことをきっかけに、菅原は15年にダイソンに入社。品質保証の仕事をしながら上司には「いずれ本社の研究センターに行きたい」と毎日のようにしつこく話し、本社から幹部クラスの人物が来日する度に作品集を見せに行くといったことを続けた結果、17年10月、5年越しの夢が叶ってマームズベリーでの勤務が決まったのである。


現在ダイソン本社で働く唯一の日本人デザインエンジニアとして新製品開発に携わる菅原祥平。ダイソンで働く夢を叶えた彼は、「いつか自分がかかわった製品の発表会でプレゼンテーションを行いたい」と次の目標を語る。

ダイソンで働くことを目指すかどうかは抜きにしても、菅原のようにジェームズ・ダイソンその人に憧れて努力を続けてこれたエンジニアは、きっと世界中に存在するのだろう。それもこれも、ダイソンが25年にわたって数々の製品を再発明し、世の中の常識を塗り替え続けてきたからにほかならない。

70歳を超えても、彼はいまだに自分をほかの何者でもない、エンジニアであり発明家だと考えている。その姿が人々をインスパイアし、ひいてはエンジニア界の次のヒーローを生み出すことにつながるのだ。ちょうどダイソン自身が、偉大なエンジニアの先輩であるブルネルやエジソン、そして、フライに憧れたのと同じように。

「私はただ、いまもこれからも技術を発展させたいだけだ」。創業25周年を迎えたダイソンのこれからについて尋ねると、彼は当然のことのようにそう語る。

「私はSFが嫌いなんだ。だって、未来を想像するだけじゃ発明とはいえないからね。実際に手を動かしてものをつくること──私にとっては、それが何よりも大事なんだ」


ジェームズ・ダイソン◎1947年、英国ノーフォーク生まれ。ダイソン創業者兼チーフエンジニア。英国を代表する発明家として、2006年にナイト称号を、16年にメリット勲章を授与されている。

文=宮本裕人 写真=クリス・グローグ

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