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川村雄介の飛耳長目

上海は旧フランス租界の一角にある復興公園である。北京とはがらりと違う大らかな雰囲気で、昔からの国際都市を思わせる。空気もきれいだ。案内してくれる劉君は、日本語が堪能な若き事業経営者である。土曜日とあって老若男女で賑わう園内で、日本ではもちろん、北京でも見かけたことのない光景に遭遇した。

そこここに、2、30人の人群れができている。平均年齢は60歳前後、8割方が男性である。ベンチに腰掛けて何やら滔々と話し続ける数人を、大勢の中高年がぐるりと取り囲んでいる。時折、かん高い上海語の質問がベンチの人たちに投げかけられる。

縁台将棋とは風情が異なるし、町内の寄り合いにしては熱気がありすぎる。劉君に尋ねると、「株のとっておき情報を交換しているんですよ。座っている人たちは、先週、大儲けしたんで、その成功譚を開陳しているよ」。

うーむ、である。日本で証券関連の自主規制業務に携わっている身としては、インサイダーは大丈夫なのか、風説流布にならないのか等々、まずは懸念が脳裏をよぎる。だが、そんな心配よりもっと応えたことは、投資教育とは何なのだ、という思いであった。

私はもう20年近く投資教育にかかわっている。特に大学で教えていた時代には、これを最重要ミッションと位置付けていた。授業、セミナー、講演からテレビ、ラジオの番組出演、中学や高校へも頻繁に足を運んだ。テキストや参考書も随分書いた。小中学生向けに株の仕組みの絵本まで出した。意識してきたのは、分かりやすさ、である。

だが、上海復興公園の人々の、楽しそうな真剣さを見せつけられると、「分かりやすさ」を追求していた自分の考えが根っこから崩される思いだ。習うより慣れろ、理屈の前に実践、書物の理論より現実の成功体験、なのではないか。ややこしく、目に見えないものほど相手の興味を引き付けることが難しい。投資はその極みだろう。そもそもカイシャやカブは、可視的な生き物や建物と違ってイメージしにくい。

そんな代物なのに、会社法とは、金融商品取引法とは、株式とは、債券とは、投資信託とは等々、そもそも論から始めるのが日本流である。いくら分かりやすさを工夫しても、これでは面白いわけがない。だからサステナブルでもない。私のやり方も例外ではなかったと痛感する。

まずはともあれ、実際に株を買ってみる。儲かれば面白いからまた買ってみよう、となる。損をすると、なぜ損したのかなあ、前はうまくいったのに、である。ここで、じゃあ株って何なんだろう、どうして上がったり下がったりするんだろう、その仕組みはどうなっているんだ、と自然な形で興味が深まる。勉強もする。いくら教育方法を工夫しても、バーチャル体験をさせても、リアルにはかなわない。

文=川村雄介

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