そうして東京藝術大学美術学部建築科に進んだ奈良。大学生活の中で記憶に残っている出会い、言葉は何かと問うと、宮田学長(現・文化庁長官)から言われた藝大“らしい”言葉を教えてくれた。
「変わっていることはいいことです。つくるものが人と変わっていないと、この世界では生き残れない。だから、ぜひ変な人で卒業してほしい」
これは、自分がつくったもの、自分の仕事にアイデンティティを持たせろということ。例えば、廊下に模型の破片が落ちていたとする。その破片を見た誰かが「これは、◯◯がつくったもの」とわかれば、その破片の主はその時点で創作家として立っているということになる。
「自分がやるのなら、自分の個性を出さないと意味がない」。そう思ったとき、とある方向に目が向いた。その目線の先にあったのは、意識して目を背け、かつ毛嫌いしていた陶芸だった。
奈良は大学卒業後、大学院を2年間休学し、陶芸の専門学校である多治見市陶磁器意匠研究所に進学する。
「とりあえず2年間、必死に陶芸を勉強しました。嫌だったら大学院に戻って建築をやろうって思ったんですけど……。はじめたら好きになるもんですね、自分でもびっくりしましたね」
奈良が陶芸をやるうえで決めたテーマは「革新的な陶芸」。自分が学んできた建築を、いかに陶芸とコンプレックス(複合)させるか。それはいまも変わらぬ命題だ。
在学中にその命題と真剣に向き合った結果生まれたのが、卒業制作展で発表した現在の「Bone Flower」の先駆けとなる作品。名前の由来は、その作品を見た祖父が漏らした「白い骨の花みたいやな」という言葉だ。
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仕事を遊ぶと、余白が生まれる。余白が生まれると、仕事で遊べる
そんな奈良だが、実は会社員でもある。平日は東京の建築設計事務所で設計を担い、休日は金沢の工房で作品づくりを行なう日々。クライアントワークと陶芸家のパラレルワーカーだ。
相反するこの2つのバランスの取り方について問いかけてみた。創作家として、どこまでのこだわりを通すのか、と。
奈良:陶芸では、基本的には自分の思うままに作品づくりを行なえますが、設計の場合、クライアントの方々から様々な要望が入ります。
でも、そのリクエストを全部鵜呑みにしたらダメだと思っています。なぜなら、その仕事を自分がやる意味、つくる意味がなくなってしまうから。ただ、相手がいる限り、その相手に納得いただかなければならない。だから僕は、いきなりアウトプットを出すのではなく、コミュニケーションを事前にしっかりとり、プロセスをきちんと踏むことを意識しています。
この流れで、建築家と大樋の血を継ぐ陶芸家の境目についても問うてみた。
「ないですね」
即答だった。
奈良:仕事である建築をやっているときも陶芸を考え、陶芸をやっているときも建築を考えている。ただ、それだとアイデアが生まれる隙間がない。その隙間をつくるために僕は「遊び心」を大切にしています。
仕事だと思いながらやるよりも、「なんか工夫してやろう」みたいな、いい意味でのエゴを付与するほうがリミットが外れていいアイデアが生まれる。 土ってメンタルの状況を如実に表してくれるんです。「こうしなきゃ」「やらなきゃ」という気持ちだと、焼いてもいい形にならない。心に余裕を持って、余白を楽しむくらいの気概でやるといい作品に仕上がりますから。
振り返ってみると誰にでも昔、嫌いだったものがある、嫌いだったことがある。ただ、今はどうだ。あの頃、意識的に遠ざけていたものが意外と身近にあり、もしかすると現在の自身を構成する上で重要なファクターとなっているのかもしれない。
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