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「年間3000万人」のインフル、GDP損失7000億円の現実

2017年に「アイリス」を創業しました。今は「匠の技」ストック化の第一弾である、インフルエンザ診断支援機器の開発に取り組んでいます。

インフルエンザを発症する患者さんは昨年の報告だと2200万人ですが、病院を受診しなかった方や、受診してもそのタイミングで診断されなかった患者さんを含めると、3000万人を超えると推定されています。そして例年、インフルエンザ発症による推計GDP損失は数千億円から1兆円といった規模です。

よく知られている「鼻に綿棒」の検査ですが、発症して12〜24時間以上が経ってからでないと十分な精度が出ず、検査だけでは見逃しが少なくありません。またその精度も6割程度というのが現状で、結果、自分がインフルエンザだと気づかないまま、多くの方が体調不良のまま休めずに出勤している現状があります。公共交通機関でのパンデミックも大きな問題です。


Hinochika / Shutterstock.com

研修医時代に、ある論文を読みました。それは、喉の中を目視して、濾胞(ろほう)の膨らみ方やその色からインフルエンザを診断するというものでした。インフルエンザ濾胞とふつうの風邪の濾胞には違いがある。そのわずかな違いが「匠の目」にかかると明らかになり、95%以上の精度で診断できるというのです。

その論文を読んでから10年近く、自分でもこのインフルエンザ濾胞の勉強をしてきましたが、いまだに自分で出せる診断精度は、7割5分くらいじゃないかと感じています。これを10割に近づけるには、残りの人生を喉の診察だけに賭けなければならないなと。

一つの技を極めるということは、ほかの技術の追求を諦めるということです。しかしAI技術によって、一部の技術は医療機器として再現できるはずです。「浅く広く」多くの技を習得しなければならない救急医だったからこそ、私は、一つひとつの技術を深める時間がないことに葛藤していました。

この問題に立ち向かいたいと考えてアイリスを創業したのですが、はじめに取り組んでいるのがこのインフルエンザ濾胞です。内視鏡型のカメラを開発し、「匠の医師の目」を画像解析アルゴリズムで再現しています。アルゴリズムを内蔵したカメラで喉を撮影すれば、インフルエンザらしさがAIに判定できます。医師はその判定結果をもとに、自身の診察と組み合わせて診断するという形です。

喉の濾胞診断の大きな利点は、発症時点からの早期診断と、それによる感染拡大予防です。症状が出た瞬間に診断できるから、検査が効くようになる24時間後まで待っていなくても良い。「検査を受けるために明日もう一度受診してください」ということもなくなります。

医療へのAI活用は国も支援

インフルエンザ診断支援のデバイスは、2020年の製品化を目指して進めています。AI医療機器を評価、承認するプロセスは、これまで国内でも確立されたものがなかったため、国と議論しながらの開発を行っています。

アイリス社内のデバイス開発部門には、オリンパスで内視鏡開発をしていた者などハードウェアのエンジニアリングチームと、AI技術のスペシャリストらを含むソフトウェアのエンジニアリングチームがいます。医師免許を持ったスタッフは私を含めて3名です。

医療機器は「ものづくり」と「医療制度」が交わるところで、優れた性能をもったものが作れても、国の承認を受けるためにはルールに沿った開発や治験が行わなれなければいけません。保険適用になるためには、膨れる医療費に対して合理的な医療効果をもつことも求められます。医師視点、メーカー視点に加え、第三の視点として国の視点も必要なんですね。

規制が多くスタートアップとしてはチャレンジングな領域なんですが、社内では厚生労働省出身の医師、加藤(浩晃氏、アイリス取締役CSO)のほか、経済産業省ヘルスケア産業課から入社した野村(将揮氏、アイリス執行役員)のようなメンバーが、制度周りや国との折衝を担当し、総合的な開発を進めています。

2018年には、ディープラーニングの世界的プラットフォームを提供するNVIDIAの、グローバルAIプログラム「NVIDIA Inception Program」のパートナー企業に認定されたほか、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業として、国から7000万円の資金支援を受けています。

医療のAI化というと小説やSFのように聞こえるかもしれませんが、厚労省の懇談会から出されている報告書では医療AI開発のタイムラインが示されていて、「頻度の高い疾患についてAIを活用した診断・治療支援を実用化」の目標年は2020年〜と設定されています。

構成=石井節子

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