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いまの医療に必要なのは「納得感」だと思った

考え抜いて、そうか、「自分の病状や治療に対して、患者さんが『納得感』を持って医療を受けられること」、それが自分の目指したい医療なんだという結論に達しました。だから、私が医療と関わる時のスタイルは、「なんでこの病気は治らないんだ?」ではないんです。目の前の患者さんは私が主治医であることに心から納得がいっているか、とか、自分の病気とちゃんと向き合えているだろうか、なんですよね。

実は「治療」は手段にすぎなくて、医療の本当のゴールは別のところにある。治療だけが医療の目的だとしたら、現代医学で治療できない病気には、医療は何もできないということになってしまいますよね。でも、そうじゃない。治らない病気でもそれと向き合って、自分の人生について深く考えられるようになることには、意味があります。

また、病院で「あなたの症状は病気じゃないから治療は必要ない」と言われてショックを受けたときも、そういうものだと腹落ちして納得できるような説明を受けられれば、不安が解消されるかもしれません。なにも治療をしていなくても、です。こういったことも、医療の大きな価値なはずです。

どんなに医学的に正しい治療が行われていても、医学の全体像が見えにくい患者さんからは、その「正しさ」はなかなか理解できません。「私が施す治療は正しいからこれを受け入れなさい」というのは医者のエゴですし、何より、納得できないまま治療を受けて、それが上手く行かなかったときには深い後悔が残ります。

医者から見たら「ベストな選択だったから失敗も仕方ない」と思うのかも知れませんが、納得できていなかった患者さんにその論理は通用しません。自身が受ける医療に納得感をもてて初めて、人は自分の病気と向き合えると思うんです。



ゴッドハンドによって産まれる不幸

世界にいまなお存在している医療水準の格差には、治療の不平等以上の問題があります。それは、格差は人を不幸にするということです。たとえば、「世界トップの外科医にしかできない手術」は、その手術を受けられない人にとって、不幸の種でしかない。あると知っているのに自分は受けられない治療なんて、いっそないほうがいいと感じてしまうのが人情でしょう。

私は、幸福感はその人の置かれた環境や病状よりも、その人の解釈や、他人との比較によって影響を受けると思っています。健康でも自分を不幸に感じてしまう人は大勢いるし、病気の患者さんでも生き生きと幸せに暮らしている人は沢山います。医療の目的が人を幸福にすることだとしたら、この「幸福感」がもつ性質を、どうして無視することができるでしょうか。

病気を治すことは、議論の余地なく大切なことです。そこに向かって多くの医療者が何百年も努力してきているなか、また別の切り口で、幸福感や納得感に直接アプローチしようとする医療者が、少しくらいいてもいいのかなと思っています。

そのための鍵の一つが、医療水準の格差をなくし、どこでも同じ医療を受けられる安心感をつくること、なんだと思うんです。

構成=石井節子

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