経済・社会

2019.01.27 12:30

米政府の一部閉鎖が解除、それでも問題が解決しない理由


たとえばメキシコでは、通報があっただけでも毎年1100件以上もの誘拐事件が起きているが(日本は過去の20年間で8件)、これは2013年のピーク時から比べると約半分にまで落ちてきている。では、少なくともメキシコの治安が上向いてきているのかと思うと、そうではなく、犯罪の種類が変わったのだ。

メキシコ政府はこの10年、コカインなどの違法ドラッグを国内外に売りさばく密輸団、いわゆるドラッグ・カルテルの弱体化に力を入れてきて、一定の成果を収めてきた。これにはアメリカのFBIもかなり協力してきた。ところが、この暴力団組織の幹部が刑務所に入ると、組織が分裂し、零細の暴力組織が無数に誕生し、いわゆるカタギ(一般市民)に対する恐喝が日常化したという。

メキシコでの恐喝問題を研究したスタンフォード大学の調査によれば、2017年には660万件の対個人恐喝があり、50万件の対企業恐喝があったという。実は、この恐喝を恐れてアメリカに亡命したいというメキシコ人や近隣の国民が、まさにトランプ政権になってからの移民の主流なのだ。

しかし、アメリカの亡命ビザの発給要件は、独裁主義や思想統制など、自国の国家体制による身の危険を想定しており、自国にいると恐喝にあうというだけでは到底満たされない。結果として、移民を望む「キャラバン」が長い列をつくってアメリカとの国境に並ぶが、認められる可能性はとても低い。

ところが、キャラバンに連なる人たちは帰らない。なぜなら、恐喝に応じなければ、殺人や放火につながるという犯罪の凶悪化が、自国で進んでいるためだ。実際、メキシコでの殺人事件の件数は、記録を更新中で、2017年には2万5000件にものぼる。

移民問題は人道問題にも

アメリカのメディアは、この悲惨な状況を熱心に報道し、そこに民主党が乗る形で、これまでになく移民問題が大きくフォーカスされ、それはトランプ大統領が選挙で公約を掲げていた時とは、風景がずっと変わってきたというわけだ。あの時点では、まだキャラバンもなかった。

さらに、昨年の12月には、国境を不当に超えてきた家族にまじり、7歳のグアテマラ人の子供と、やはりグアテマラの8歳の子供が、米国の国境警備隊による勾留中に病死するという事件が起き、トランプ政権を非人道的だと民主党員がマイクの前で厳しく糾弾しているという構図だ。

確かに勾留中に子供を病死させてしまったのは、民主主義・人道主義の先頭ランナーを標榜するアメリカが、世界に対して顔を失うこととなり、国民のショックは大きい。

このように、移民問題は、選挙前は、不法入国者がアメリカ人の労働マーケットを侵食しているから締め出すべきというスタンスで始まったが、国境の向こうの国々が法治国家として十分に機能していないがために人道問題に発展し、「アメリカ・ファースト」と「アメリカが伝統的に世界に啓蒙してきた人道主義」との二項対立の問題に変わってきた。

いま、外務省の海外安全ホームページを開けば、メキシコでは誘拐や殺人等の凶悪犯罪に遭う可能性があると警告を出している。メキシコ国民には本当に気の毒なことだと思う。

そして、トランプ大統領と民主党がシャットダウンで闘った「壁」は、実は問題のほんの一部の解決にしかなっていない。壁があってもなくても、隣国の惨状が変わらなければ、それはアメリカの問題として存置されたままになるのだ。

キャラバンに代表される移民希望者はひき続き、無理を承知でアメリカに向かう。メキシコのドラッグ・カルテルの撲滅にはアメリカのFBIも相当に協力してきたので、その成果がこのような形に転じるのは、表現しようのない悲しい皮肉だ。

連載 : ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太

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