なぜそれを選ぶのか? ブランドをめぐる富裕層の美意識

コンテンポラリーアートのイベントには着飾った富裕層が集まる(Getty Images)


クチネッリ氏のこうした経営術は、経済ジャーナリストから「倫理的資本主義」と称されるが、この企業に関わる人々全てが幸せになるという理念が鮮やかに実践されている。デザイン都市ミラノを中心とした華やかな搾取型のブランドに対し、中世の田舎町に花開いた「ブルネロ・クチネリ」は、まさに対局に位置する。

インタビューの際に特に印象に残ったのは、自身の苦しい経験から考え続けてきた思想や哲学を背景に、それを企業家としての理念に結びつけて実践しながら、かなりの利益も上げているということだった。



経営の具体的なノウハウではなく、ビジネスの文化的な背景や彼の思想の話が弾み、おおよそイタリアのファッションブランドの経営者が語るとは思えない「倫理的資本主義」という考え方がおもしろかった。社員やその家族の幸せにする環境のみならず、コミュニティーの社会貢献までも含めた「人と人とのつながり」を大切にする。その上で何が必要であるかをビジネスに導きだしていくという具合だ。

ビジネスに限らず、人が生きていく上で普遍的な根幹をなすこの考え方は、哲学書を愛読するクチネッリ氏が「敬意」「正義」「真理」という言葉をあげて説明していることから説得力がある。ビジネス書や自己啓発書を読みあさっているとかえって成功できないように、一見さもありな実践的なスキルや知識は、応用が利かない知識でしかないことに改めて気づかされた。

背景も踏まえて選ぶという美意識

さて、ここから私が身を置くコンテンポラリーアートの世界にこの話が続く。

コンテンポラリーアートのコレクターやマーケットの主役は裕福層の顧客が中心になるので、展覧会のオープニングやアートイベントには、ブランドものを着飾った華やかな人たちが集う。そこで何を身につけるか──。

いまや、どれだけ最先端で高価なものでも、搾取型のブランド物を身につけることはかっこよくないのだ。それどころが搾取を支持していると言わんばかりに見られると言ってもいいかもしれない。特に移民問題に揺れるヨーロッパにおいては、そうしたバックグラウンドにはより敏感になっている。

アート好きな意識が高い裕福層は、デザイン性や美しいモノもさることながら、身につけているブランドがどのような理念を持ち、どのようなプロセスを得て創り上げられているのかという、すぐには見えない“背景を含めた世界”を大切にしていると言えば分かりやすいかもしれない。ファッションブランドにどう関わるかという部分さえも美意識につながっているのだ。

コンテンポラリーアートの作品は、目に見える形や美しさ以上にアーティストの考え方、美術史における立ち位置など、見えにくい背後の世界が作品の評価基準になっているのと同じで、コレクターたちはこの部分に共振する。

ちなみに、この番組が放映されてから現在に至るまで、光と闇が交差するイタリアで搾取型のビジネスのブランドも変わらず健在であるが、その売り上げの多くを東方の国々に頼らなばならないのが現状らしい。

文=廣瀬智央

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