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フォーブス ジャパン ウェブ編集部 エディター


「Vogue」誌のインタビューによると、マッケンジーが最初の小説、『The Testing of Luther Albright』(未邦訳)を書き上げるには10年間かかったという。それはちょうど、夫と大陸を車で横断し(2人はアマゾン立ち上げ前に、ニューヨークから車で、法人税が安く、優秀な人材のリクルートもしやすいワシントン州シアトルへ移動している。アマゾンの事業計画の一部はこの車中で書かれたとも伝えられる)、4人の子を育て、夫がアマゾンを創業するのを目撃した10年と重なっていた。

「ジェフは私の一番の読者です」と彼女は「Vogue」誌の、この2013年のインタビューで語っている。

最初の本の執筆中、すでにアマゾンのCEOだったジェフ・ベゾスは、妻に頼まれるたびに予定をキャンセルして時間を作り、原稿を丁寧に読んで細部にまでコメントをほどこしたメモを渡したという。 その処女作は全米図書賞をみごと受賞している。

──シアトルの本社であの「笑い声」を聞いた3カ月後、筆者は当時東京・渋谷のクロスタワーにあったアマゾン・ジャパンのオフィスで、ジェフ・ベゾスに再会することになった。

12Fのオフィスのドアを開けてトレードマークのダンガリーシャツとチノパン姿で現れた彼は、キッチンのシンクにぴょんと飛び乗ると、私たちに短いスピーチを聞かせてくれた。「アマゾンを将来、買えないもののないサイトにするよ」と言った一言が耳に残る。

あれから18年。ジェフ・ベゾスは15兆円の資産を築き、その言葉どおり、「買えないものがない」と言われるサイトを現実のものにした。

かたや、マッケンジーの処女作『The Testing of Luther Albright』を、米国の出版業界誌「BookPage」はこのように評している。

「著者は物語を、終局に向けて美しくまとめ上げることをきっぱりと拒絶している。静かに胸をかきむしるストーリーだ……人生がしばしばそうであるように」。

このレビューに基づけば彼女の作風は、夫が取り組む世界的事業が、いわば「終局に向けて美しくまとめ上げ」続けることを求められているのと対局的ではある。

別の米有名出版専門誌「PUBLISHERS WEEKLY」は、2作目の小説『Trap』についてこのようにコメントしている。「人生は罠(trap)に満ちている……だが時にそれらは、辿りつきたかった場所に私たちを導いてもくれるのだ」 。

若き日、大陸を自家用車でともに横断し、地球上で最も裕福な夫婦の1組となった2人の歳月にいったいどんな「罠」があったのか。2人の「物語」が書かれた紙は果たして、マッケンジーの少女時代の原稿さながら、「スープみたいに」ふやけていたのか。

そして2人がそれぞれどこに「辿りつきたかったのか」は、想像もつかない。マッケンジーが結婚生活を大団円へと美しく収束していく物語にしなかった理由も、1つや2つではないだろう。

いずれにせよ、アマゾン創業以前からのパートナーとの決別を決めた女性が、今どんな小説を書いているのか、「ともに大切に思う友人であることに変わりはない」と発表したジェフ・ベゾスが、元妻の次作の変わらぬ第一読者となり、再び細かいコメントを原稿に書き入れるのか……。気になるところではある。

ジェフ・ベゾスと家族をアマゾン・カフェで見かけてから18年経った。あの「大笑い」は、シアトルのオフィス、かつてとはすっかり様変わりした巨大ビル「Day 1」(その名には、何ごとにおいても今日が常に初日、という意味が込められている)の建物の一隅に、今日も響いているだろうか。

文=石井節子

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