「アマゾン・カフェ」と言われるいわゆる社食で、3人で楽しそうにランチをとっていたのだ。3人が座っているテーブルからはベゾスのあの、有名な大笑いも聞こえてきた。
私が「ベゾス夫婦離婚」のニュースを聞いたとき、一瞬にして脳裏に浮かんだのはあのテーブルの光景、そして鼓膜にくっきりと蘇ったのは、ベゾスの楽しそうなその大きな笑い声だった。
ベゾス夫人マッケンジーとジェフ・ベゾスはウォール・ストリートのヘッジファンド運営企業「D・Eショウ」で出会った。当時同社のシニア・ヴァイスプレジデントだったジェフ・ベゾスが彼女の面接官だったという。彼女は2013年の「ヴォーグ」誌のインタビューでこう語っている。
「同じ会社で働いていたとき、私の部屋はジェフの隣だったんです。そして、一日中、あの……とにかく、とびきりの笑い声を聞きながら仕事していたんです。それが恋に落ちたきっかけだったわ」。
彼らが婚約したのは初めてのデートから3カ月経った頃だった。
25年間の結婚生活中、ベゾス夫人、マッケンジーはあまりメディアに顔を出さなかったが、1度、自ら実名でアピールをしたことがある。
ベテラン記者がジェフ・ベゾスの生い立ちからアマゾン創業後までを追い、40年以上音信不通だったベゾスの実の父も探し当てて取材したノンフィクション『The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon』(Brad Stone 著、Little, Brown and Company刊)のアマゾン詳細ページに実名で星1つをつけ、その内容の不正確さを批判したのだ。
このことは、まさに夫と、夫の事業を誇りを持って影で支える妻の鏡、としてマッケンジーを世間に印象づけたと言っていい(同書の邦訳『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』は日経BP社 刊。マッケンジーの星1つのカスタマーレビューは、現在でもAmazon.comの同書『The Everything Store』の詳細ページで「1 star」をクリックすれば見ることができる)。
マッケンジーは作家としても活躍しており、これまでに『The Testing of Luther Albright』と『Trap』という2作の小説(ともに未邦訳)を出版している。
マッケンジーが小説を初めて書いたのは6歳のときだったというが、Amazon.com上のプロフィールによれば、『The Book Worm(本の虫)』と題された142ページに渡るその手書き原稿は後年、洪水の被害で失われた。彼女が目にしたのは「古いロールトップデスクの引き出しの中で、溶けてスープみたいになった紙」だったという。
かけがえのないものが時に予期せぬ形の変え方をすると知った経験は、その後の彼女の作風や人生にどんな影を落としたのだろうか。「水浸しの原稿」は、もしかすると彼女の原風景の一つかもしれない。