離島ではじまった挑戦は、いよいよ全国へ
若者が生まれ育った地域を出て、都会へと生活の拠点を移していく。そんな中で地域が若者をどのように集めていくかという問題は、いまでは日本全体の最重要アジェンダの一つとなった。
労働人口が減っていく時代に、地域への就職フェスタを開いても十分な人を集めることは難しい。就職のタイミングでは遅すぎるという現実は、地方創生に取り組む当事者たちが誰よりも痛感している。
そんななか、地域・教育魅力化プラットフォームが全国4箇所で開催した「地域みらい留学フェスタ2018」の会場は1200人もの親子と、生徒募集を行う学校関係者の熱気で溢れていた。参加した高校は34校。生徒募集を行っている高校は北は北海道から南は沖縄までと幅広い。
「でも、これは消滅危機に瀕するかわいそうな地域を救済するためだけの挑戦ではないんです」と水谷氏は明かす。初めて海士町を訪れたとき、彼の頭の中を占めていたのは消滅する町を救うため教育へ投資し、高校を存続するというわかりやすいシナリオだ。しかし、そんな彼の認識を変えたのは、現場で目にした生徒たちの姿であり表情だった。
彼もプライベートでは2人の子を持つ父。だからこそ、子どもたちが人生のためにより良い経験を積むことのできる海士町の豊かな環境に魅了された。
そこには人間の多様性と、挨拶をしなければ怒られ、ときにはお節介をやくような濃いつながりが存在し、身近なサイズのリアルな社会課題が転がっていると彼は考える。
島外出身で高校へ「留学」してきた生徒と島で生まれ育った生徒が机を並べて学ぶ。均質な偏差値で区切られることはないため、同じ教室には勉強が得意な生徒もいれば、苦手な生徒もいる。しかも生徒の1割は外国人で、日本語が母語ではない。そんな島前高校はさながら社会の縮図だ。
こうした環境こそが未来社会の箱庭だと水谷氏は力説する。そうした環境で、高校生たちは仲間たちとともに3年間を送る。目の前にある地域の問題を解決するため、必然的に親や先生だけでなく多様な大人たちと切磋琢磨する機会も少なくない。こうした日々の生活のなかで、一人ひとりの挑戦する意志が育まれていく。
「そんな環境だからこそ一人ひとりが“WILL”を育むことができる。自分で何かに挑戦したいという意志を育み、何に取り組むかを選び、そして実際に動いてみる。そのなかで喜びや悔しさを感じ、それをバネに再び挑戦する。これこそが生きるということではないでしょうか」
「これまではリクルートという企業のなかで“WILL”を持つ重要性を説き、意志ある若者を育てるために全力を注いできた。そして、いま教育の現場が“WILL改革”を必要としている。フィールドが変化しただけです」
50代でスタートした第2のキャリア。企業の経済活動では届かなかった、届けられなかった領域での挑戦に、確かな手応えを感じつつある。
2016年12月、島根での新たなチャレンジへと繰り出すことを表明していた水谷氏が地域・教育魅力化プラットフォーム主催のイベントの壇上で口にした一言を思い出した。
「日本社会は中央から一気に変えることはできない。でも、地方で1つのモデルができたとき、横を見て一斉に動き出す。島根県はまさにオセロの角だ。ここから日本が変わると信じている」
あれから2年。「地域みらい留学」のイベントは進学を考える親子で溢れ、彼の次のチャレンジへの興味から島根の事務所を訪れる企業人は後を絶たない。そして、4月にはいよいよ「地域みらい留学」1期生が地域の高校へと入学する。こうした日々に、水谷氏は変化の胎動を感じる。
2019年、角を押さえたいま、潮目が静かに変わろうとしている。
水谷智之◎1988年、(株)リクルート入社。U・Iターン転職専門メディア「U・Iターンビーイング」の創刊を企画。その後「リクナビNEXT」の立ち上げを行い、編集長を務める。2006年に(株)リクルートHRマーケティング代表取締役、2007年に(株)リクルート取締役を歴任。2012年より(株)リクルートキャリア初代代表取締役社長に就任、2016年3月退任。2017年からは社会人大学院大学「至善館」の理事・特任教授に就任。他にも経済産業省「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」委員、「『未来の教室』とEdTech研究会」委員、内閣官房「教育再生実行会議」委員を務める。