コミュニケーション不全の女が求めた、言葉を越えた熱いやりとり


だが目標を見失っている祐二は、自分が辞めたボクシングに彼女がはまっているのが面白くなかったのか、女を作って出て行ってしまう。

それに腐らず、トレーナーの指導やジムの所長の励ましの中で、一層ボクシングに熱を入れ出す一子の姿は気持ちいい。顔つき、体つきが変わり、動きに俊敏さの増した彼女は、プロテストに挑戦し合格、32歳という年齢制限ギリギリなのに、試合に出たいという望みを抱き始める。

偶然出会った祐二を追いかけて「試合に来て」と言った後で、「なぜそこまでボクシングに?」と尋ねられ、「殴り合ったり、肩叩き合ったり、何か、何かそういうのが‥‥」とたどたどしく言葉にする一子。

彼女がボクシングに夢中になったのは、身勝手な祐二に捨てられた腹いせではない。ボクシングは、誰ともうまくコミュニケーションできなかった彼女の、「誰かと思い切り熱い何かを交わしたい」という切実な思いの受け皿なのだ。

髪を切って臨んだ、最初で最後の試合。変貌した一子の姿を驚異と感動の視線で見守る家族。瞼を腫らしてリングに倒れ込んだ一子に、思わず声をかける祐二。

噛み合わず錆び付いていたコミュニケーションの歯車が、再び動き出す。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野左紀子

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