野球かアメフトか 異例の「二刀流」をめぐる身長問題と契約金

大学フットボールの年間最優秀選手賞であるハイズマン・トロフィーを受賞したカイラー・マレー(Debby Wong / Shutterstock.com)


実際、2000年からの約20年間で、ドラフトの1巡目で採用したクォーターバック53人のデータを見ると、180センチ以下の選手は1人もいない。平均身長は、実に188センチから190センチの間だという。そのため、ハイズマン・トロフィーを獲得するまでは、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)もマレーのことを眼中に置いていなかったのではないかと指摘している。

この「残り2センチの壁」は、データ重視のNFLには大きな要素なので、アスレチックスもアメフトに行くことについてはまったく警戒していなかった。また、彼を契約後もアメフトの試合に出場させ続けたのも、スター選手を契約で縛り、オクラホマ大学の試合に出場させないということが、どのくらい世間で反発を食らうことか慎重な計算もあったろう。

この件は、カネの話になってくるとさらに興味深い。もし、あと2センチ彼の身長が高ければ、確実にNFLでのドラフトで1巡目に指名され、それは、これまでの相場では約25億円の契約金となり、アスレチックスとの契約金(約5億円)の5倍にまで跳ね上がるというのだ。

しかし、2センチ低いために、仮に今年の4月のNFLのドラフトにかかっても、(ハイズマン・トロフィーのことを考えなければ)確実に2巡目以下の指名となったので、それであれば約4億円の契約金となり、野球より安くなる。つまり契約金で、1億円の差があるので、マレーが去年6月の時点で野球を選んだことは合理性があるということになる。

楽しみな大谷選手との対戦

実に納得する話ではあるが、スポーツってそんなもんだったのかという思いは残る。高校生にさえ契約エージェントがつき、契約金の最大化を目指して、選手のためにプロチームと交渉するこの国のシステムは、もうすでに長い歴史がある。しかし、ファンは必ずしもそのことには納得していない。

だからこそ、このコラムで以前書いたように、カネではなく、純粋な野球愛を貫き、大リーグでプレーすることを優先するよう、自分のエージェントに指示した大谷翔平を、アメリカ市民はひいきする(25歳未満だと大リーグでは契約金に上限ルールがあるのに、大谷は25歳を待たず渡米してプレーすることを選んだ)。ちなみに、大谷の契約金はマレーの約半分でしかないのに、去年、新人王をとるほどチームに貢献した。



アスレチックスはアメリカンリーグ西地区だから、大谷翔平のエンゼルスと対戦する試合は年間18試合と多い。今のところ、春季キャンプには予定通り参加するマレーだが、この野球とアメフトの二刀流をめぐる侃々諤々の大議論は、4月25日のNFLのドラフトまで続きそうだ。

個人的には、ぜひマレーに野球を選んでほしい。大リーグ100年ぶりの投打の二刀流(今年は打者専念になりそうだが)が、ハイズマン・トロフィーのマレーと腕を競い合うのは今年の楽しみだ。2年目と1年目の新人、両者の大活躍を心から期待したい。

連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太

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