「幸福」を数値化する──そんな技術を長年研究して開発した人がいる。日立製作所のフェロー、矢野和男さんだ。
先日、矢野さんと対談するため、東京・国分寺の日立製作所中央研究所を訪れた。研究所の正門を入って50mほど行くと、渓谷に「返仁橋」という橋がかかっているのだが、この「返仁」の謂れが面白いので、まず紹介したい。
日立創立者のひとりである馬場粂夫博士は「20年間で30人の博士を創出する」という悲願をたて、1952年に願いが叶ったのを機に「三十人会」を発足。翌年、「高度の発明を為すものは変人以外は期待し難い」という持論により、「変人会」と名称を変更した。
59年には「返仁会」に改称されているが、「学位に安住せず自己研鑽に励み、高度の発明・技術開発を成し、かつ後進の育成に努める変人たれ」という理念は変わらない。会員はいまも「変人」と呼称され、馬場初代会長だけは尊敬を込めて「大変人」と呼ばれているそうだ。
さて、そんな返仁会の副会長(つまり変人!)でもある矢野さん。ウェアラブルセンサーを用いて人間の行動データを取得する研究を進める中で、これをもう少し推し進めたら人間の幸福感=ハピネス度がわかるのではないか、と考えたという。
そこで7社10組織、468人を対象に20項目の質問を行った。例えば、今週幸せだった日、楽しかった日、孤独だった日、悲しかった日は何日あったかなどの問いに0〜3の4段階で答えてもらい、組織ごとに平均化。同時に被験者の行動データを計測し、幸福感と行動の相関関係を見つけたのである。「ハピネス度の高い集団は生産性も高い」ということも明らかになったそうだ。
こんな話も教えていただいた。2016年、アラブ首長国連邦(UAE)政府は、社会的な善行や国民の満足度・幸福度を高める政策を推進するため、初の幸福担当大臣を任命した。一方、アメリカのイェール大学では「よい人生の科学」という講義が人気らしい。全学部生の4分の1にあたる約1200人が講義を受講しており、今年4月にはオンラインでも開講している。
つまり、「幸福」はいま全世界的なトピックだということだ。人の幸せが社会の幸せを形成するということで、価値が高まり、研究対象や商品として扱われる時代になってきたのだろう。
日常の小さな幸せに目を向ける
『もったいない主義』という本で僕は、「小さな幸せをミルフィーユのように重ねていくことが、幸福ということではないかと思う。それを僕は『プチハッピーのミルフィーユ』と呼んでいます」と書いている。
熊本県には「しあわせ部」があり、くまモンが部長に就いているのだが、このしあわせ部と熊本県立大学の学生が「くまはぴ」というアプリを共同開発した。
例えば「急に寒くなり秋らしくなってきました。紅葉の飾りで季節感のある部屋もプチはっぴーです」とか「昨日は書庫で書類の整理をする作業でした。体を動かしたから、今朝の目覚めがいいのかもしれません」「いちばんの親友が入籍しました。結婚式は来春。楽しみです」など、日常で感じた小さな幸せ“プチはっぴー”を投稿し、それを読んだり集めたりする。
また、投稿数に応じて“しあわせのミルフィーユ”が積み重なり、それをくまモンに食べさせることもできる。いわば、幸せを共有したり拡散したりするアプリで、いまもたくさんの方が毎日投稿してくれて、読むとつい笑顔になってしまうのである。