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数十億ドルをやり取りしたにもかかわらずザッカーバーグと信頼関係を育むことは決してなかった。「彼について語れることは多くない」と、アクトン。顔を合わせたのもせいぜい10回ほどだったが、ある時、ザッカーバーグはアクトンにあっさりとこう告げた。ワッツアップには一定の自律性を与え、当面は創業者たちに経営を継続させるが、彼にとってはフェイスブックのプロダクト・グループの1つだと。

そんなわけで、アクトンは昨年9月(彼がフェイスブックの幹部に退社の意向を伝えた時期)にザッカーバーグのオフィスに呼ばれた時にも、何の話か想像がつかなかった。アクトンとコウムがフェイスブックと結んだ契約書には、フェイスブックが彼らの同意なしに「収益化の方策を実施(インプルメント)」し始めた場合には、4年間にわたって分割交付される予定の株式を全数受け取れるという条項が入っていた。アクトンにとって、この条項に訴えることは容易に思えた。

フェイスブックとワッツアップの「結婚」は初めからいらだちの種だった。フェイスブックは世界最大級の広告ネットワークを持っているが、コウムとアクトンは広告が大嫌い。広告主にとってのフェイスブックの付加価値は同社がどれほどユーザーのことを知っているかで決まるが、ワッツアップの創業者たちは頑強なプライバシー保護派であり、ご自慢の暗号化技術こそがほとんど先例のない世界的成長のキモだと感じていた。

この齟齬がザッカーバーグをいらだたせた。アクトンによれば、フェイスブックは2つの方策でワッツアップから収益を上げることを決定していた。1つ目は新設する「ステータス」機能に広告を表示することだ。

アクトンにとって、それはユーザーとの社会契約を破ることに他ならなかった。ワッツアップで彼がモットーにしていた「広告なし、ゲームなし、ギミックなし」は、売り上げの98%を広告料から稼ぎ出す親会社とは好対照だ。もう1つのモットーの「時間をかけて適正にやろう」も、フェイスブックの「素早く動いて、物事を打ち壊せ」とは相容れない。

フェイスブックはまた、企業向けにワッツアップのユーザーとのチャット用ツールを販売したがっていた。それを買った企業にはデータ分析用のツールを売ることも期待できる。問題はワッツアップのエンドツーエンドの暗号化技術で、それがある限りワッツアップもフェイスブックもユーザーのメッセージを読めなかった。

アクトンによれば、フェイスブックも暗号を破ることまでは考えていなかったようだ。しかしその経営陣は、一定の暗号化された環境下でワッツアップのユーザーについての分析結果を企業に提供する方策を探っていたという。

アクトンがザッカーバーグのオフィスに着いてみると、そこにはフェイスブック側の弁護士が同席していた。アクトンは意見の相違(フェイスブックは広告を通じて収益を得たいが、アクトンはヘビーユーザーへの課金でそれを行いたい)がある以上、割り当てられた株式を全数受け取れるはずだと主張した。

フェイスブックの法務チームは「実施(インプルメント)」という言葉にこだわり、異議を唱えた。ザッカーバーグに関して言えば、その言わんとすることはシンプルだった。「彼は言ったよ。『君が僕と言葉を交わすのは、たぶんこれが最後になるだろう』って」

アクトンは弁護士を呼んだり、歩み寄りを模索したりするよりも、むしろ争わないことを決めた。「詰まるところ、僕は自分の会社を売ったんだ」と、彼は言う。「僕は裏切り者だ。それは認めるよ」。

文=パルミ―・オルソン 写真=ロバート・ギャラハー 翻訳=町田敦夫

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