ダライ・ラマ法王と科学者の対話の場に招かれて


しかし、この理論だけでも、我々は、深淵を覗くような不思議を禁じ得ないが、実は、現代科学の最先端宇宙論は、この「量子真空から生まれた宇宙」という驚愕の考えを超え、さらに、我々の想像を遥かに超えた理論を生み出しつつある。
 
それが、「パラレル宇宙論」や「マルチバース論」と呼ばれるものである。
 
すなわち、我々の生きている宇宙は、量子真空から生まれた無数の宇宙の一つに過ぎず、他にも、数限りない宇宙が存在するという理論、いわば、「ユニバース」ならぬ「マルチバース」が存在するという考えを、最新の宇宙論は提唱するに至っている。
 
ただし、現代の最先端科学が到達しつつある、この理論の最大の問題は、「この理論の真偽を、我々の生きる宇宙からは確かめようがない」という一点にある。
 
すなわち、現代科学は、いま、自らの宇宙の起源について、原理的に決して答えることのできない「永遠の問い」の前に立ち尽くしているのである。
 
だが、この宇宙の起源についての科学理論を聴くとき、宗教的な言説に詳しい読者は、不思議なことに気がつくだろう。
 
なぜなら、キリスト教の旧約聖書、創世記では、初めに「光あれ」という言葉から、この世界が始まったと述べており、仏教の般若心経に語られる言葉は、「色即是空、空即是色」であり、この現象世界「色」が、すべて「空」から生まれてきたと述べているからである。
 
もとより、こうした宗教的言説と科学的発見の不思議な符合を、単なる偶然の一致とするのも、そこに深い意味があるとするのも、それぞれの世界観に委ねられている。
 
ただ、現代の最先端科学が語る、この宇宙の起源についての話を聴くとき、我々が、「深遠」と呼ぶべき不思議な感覚に包まれるならば、それは、紛れもなく、我々の心の中に「宗教的情操」が芽生えてくる瞬間であろう。
 
されば、人類数千年の歴史の歩みの果てに、いま我々は、科学と宗教が表層的な垣根を越え、深い次元で融合していく時代を迎えているのであろう。

田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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文=田坂広志

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