感情に訴えるためには本物のクリエイティヴィティが必要になる。そう考えたピノー会長は、「勇気あるクリエイティヴィティ」を目指すことにした。「クリエイティブ・リスクをとる」、すなわち、「全員を満足させようとせず、リスクをとり、一部のお客様を失っても本物の創造性を表現すること」である。ファッションにアートの要素を取り入れることと言っても過言ではない。
こうした意志のもと、自らの創造的な世界をもっている人材を起用していこうと、まずは2012年、サンローランにアーティスティック・ディレクターを起用した。既製服だけではなく、ロゴや広告、店舗のデザイン、ブランド名にいたるまですべてがディレクターの世界観で統一された。大胆な世界観の変容は賛否両論を巻き起こしながら話題となり、結果としてビジネスは成功を収めた。
この成功を受けて、2015年、グッチのクリエイティブ・ディレクターとしてアレッサンドロ・ミケーレを起用した。彼が展開する独特の世界観は年々濃度を増し、2018年秋冬コレクションのショウではモデルが生首にも見える自分の顔の複製をアクセサリーとして持ち、ランウェイを歩いた。
では、ピノー会長がラグジュアリーの概念を変革しようと決めた2012年には何が起きたのか?
ソーシャルメディアが本格的に始動したことも無関係ではないだろう。スマートフォンの画面のなかで、より人の目を引くファッションが求められるようになった。巨大ロゴやタッキー的なスタイルは、強い印象を与える。その結果、多くの承認を得られるならば、感情ないし自己表現欲は大きな満足を得ることになる。
それにしても、かくも大きくブランドの世界観が変わってしまうと、ブランドの伝統や一貫性を損ねることにはならないのだろうか?
「私はブランドのDNAという言葉は好きではありません。DNAは変わらないものですが、ブランドではそのメゾンが持つ歴史の中のヘリテージやシンボルに自らの世界をもつクリエイターが融合することによって、新しいものが生まれるのです」
ブランドはクリエイティブ・リスクをとり、そのヘリテージやシンボルの再解釈を行いながら、一貫性のあるラディカルで創造的な進化を遂げるというわけである。ケリングの全社員の名刺には、Empowering Imagination と印刷されている。「イマジネーションをその先へ」。限界を超えて進むためには、想像力を大胆に働かせ、時代を見越した創造を続けることが不可欠なのだ、というメッセージとして受け取った。
アートとは、アイデアの表現である
近年のケリング傘下のブランドの成功の要因のひとつは、アートの要素を取り入れてきたことにあることがわかった。ここでぜひ聞きたいのがビジネスとアートの問題である。いち早くアートを経営に取り入れてきた企業のCEOとして、経営者はどのようにアートと関わっていけばよいのだろうか。
「私はアートを広い意味でとらえています。例えば、活動する地元のコミュニティでの文化的な環境。その文化的環境に対して企業は責任を負うと考え、積極的に関わっていくのです」
その考え方は、まさしく、歴史的に価値のある建物を保護し、リノベートして使い続けるというケリングの姿勢に反映されている。そこに働くものにとっては、歴史遺産やアートに近いところに身をおくことによって、そこからインスピレーションを得ることが増えるし、コミュニケーションも生まれやすくなる。
「アートとは、アイデアの表現方法なのです」とピノー会長は続ける。「アイデアとは業種を問わず、企業にとって最も重要なものです。メーカーであれば、なぜそれを作ろうと思ったのかという意図のこと。製品の裏にあるアイデアこそが重要で、その表現方法こそが、アートなのです」