パリ、セーブル通り40番地に歴史の厚みを感じさせる美しい建物がある。1634年から2000年まで「ラエネック病院」として使われてきた歴史的建造物に登録されるこの建物が、構想・建築あわせて10年に及ぶリノベーションを経て、2016年、ケリングおよびバレンシアガ本社の新社屋として生まれ変わった。
9月の「ヨーロッパ文化遺産の日」に合わせ、公開されたケリング本社を訪れた。玉砂利が敷き詰められた前庭を通って、ルイ13世の治世下に造られた壮麗なチャペルに入ると、現代アートの数々、そしてバレンシアガのアーカイブ作品が迎えてくれる。
中庭には治癒効果のあるハーブが植えられ、風とともによい香りが漂ってくる。オフィス棟に入ると、最先端のテクノロジーを装備した機能的なワークスペースが広がる。その中にも植物やアートがちりばめられており、隣にいる人と作品について何か話をしたくなったりする。
ここは歴史遺産と自然、現代アート、そしてテクノロジーが融け合った、最先端の社屋なのである。地元住民にも公開され、称賛されたこのリノベーションを実現させたのは、ケリングを率いるフランソワ=アンリ・ピノー会長である。
ケリングとは、グッチ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、バレンシアガなど12ほどのブランドを傘下にもつ世界的ラグジュアリー・グループである。2018年上半期の決算において、ケリングは前年同期比53.1%増の18億ユーロと過去最高の営業利益を記録した。勢いがあるのは数字だけではない。傘下のブランドは大胆不敵なクリエイションによって流行発信源として話題を振りまいている。
ラグジュアリービジネスの世界を描き換えるプレイヤーとして、また、アートやサステナビリティを経営と一体化させている先進的企業のCEOとして、フランソワ=アンリ・ピノー会長に、話を聞いた。
進化するラグジュアリー
近年、モード都市の情景が大きく変わっている。グッチが導く「タッキー」風な趣味の流行もそのひとつだ。タッキーとは、少しまちがえると野暮で悪趣味すれすれ、でもそこがたまらなく魅力的という、近年熱い支持を得るファッション表現である。またバレンシアガが先導する、ロゴを巨大化して強調する流行も都市の風景を変えた。
こうした流行を見ると、ラグジュアリーの定義がもはや数年前と同じではないと感じるが、グッチやバレンシアガを率いるグループのトップとして、ピノー会長はラグジュアリーをどのように捉えているのだろうか?
「ラグジュアリーという概念を4年ほど前から変革しました。市場が変わっているのです。25歳から35歳の人口が2倍になっています。5〜6年前には、伝統や職人技という要素がラグジュアリーにとって重要でしたが、現在ではそれらは当然のものであり、それだけでは不十分。現代のお客様は十分洗練されており、ブランド情報ならば豊富に持っています。そんな彼らにとって重要なのは、何よりも感情に訴える創造的な表現なのです」とピノー会長は穏やかな口調で語る。