スイーツ界のピカソ、ピエール・エルメが見る「未来のスイーツ」の形

「ミシュラン香港・マカオ2019」のガラディナーで提供されたピエール・エルメ氏によるスイーツ


「ピカソ」と呼ばれること自体、エルメ氏自身はどう思っているのか。

「ピカソは好きなアーティストの一人。理由は、スタイルが変わり続けているから」というエルメ氏の「美味しい」の基準は、過去と同じではない。「20年前の美味しいと、今の美味しいは当然違うし、20年後はまた今と違うはず。変わり続けているからです」

変わり続ける「今」作る味わいとは何か。エルメ氏の中では、「作る味わいが軽くなっている」という実感があるという。「例えば最近作った味の組み合わせは、ローズと栗。どちらも軽い味わいの食材です。ローズには花の香りだけでなく、少し苦味もあり、良いバランスになると思ったのです」

「今回のディナーで提供するデザートも、軽やかな味のもので、変化がテーマです。表現したいのは、フランス語の『シアージュ(sillage)』。誰かが通り過ぎた後に感じる、香水の名残の香り、というような意味です。私は香水のプロデュースもしますが、香水はトップ、ミドル、ラストと香りが変わります。スイーツで、そう言った変遷を表現したいと思ったのです。主役は黒トリュフとヘーゼルナッツで、その二つの味わいの間を、行ったり来たりするイメージです」

そして、「これはみんなに内緒だけどね」と前置きして、「今日のメニューの中で一番美味しいですよ」と、茶目っ気たっぷりに付け加えた。


ピエール・エルメ氏(2014年撮影、Getty Images)

皿の中で変わり続ける味のデザート

そんなエルメ氏が考える、「今の美味しい」、そして、「変わりづつける味」とはどんなものなのだろう。

ディナーでテーブルに現れたのは、薄切りにした黒トリュフを貼り付けた、黒トリュフの形のダークチョコレートのシェル。中には甘さを抑えた軽やかな黒トリュフの生クリーム、さらにヘーゼルナッツクリームとペースト、ヘーゼルナッツシロップに漬けたスポンジケーキが入っている。

上からその場でたっぷりと黒トリュフを削りかけ、チョコレートのシェルを割って半分食べた頃に、リフレインのように、もう一度黒トリュフをスライスする。

ヘーゼルナッツの香ばしいナッティさ、最高級のペリゴール産の黒トリュフの芳香はダークチョコレートの大地ような香りの力強さを昇華させ、クリームの軽やかなコクが全体をまとめている。生とクリームに混ぜ込んだトリュフ、様々に調理されたヘーゼルナッツで、どこの部分を食べるかによって、異なった味の階調が現れる。

「食べている間の感覚の変遷は私が大切にしている要素です」という、エルメ氏の言葉が蘇ってきた。また、フルコースの食事の最後を締めくくるというだけあって、かなり甘さが控えめだったのが印象的だった。
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文=仲山今日子

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