セーヌの流れに交錯する生と死、出会い直す二人の女

左から、カトリーヌ・フロ、マルタン・プロヴォ監督、カトリーヌ・ドヌーヴ(Photo by Dominique Charriau/WireImage)

子供の頃、30年は想像できないような長い時間だった。一週間後ですら、ずいぶん先に感じられたものだ。しかし大人になるにつれて、時間の経つのはだんだんと早くなっていく。一カ月が飛ぶように過ぎ、知らないうちに1年が経っている。中年になると、「もう年末だなんて信じられないね。この間お正月だったのに(笑)」が挨拶のようになっていたりする。

2019年4月の天皇退位が決まったことで、最近「平成最後の」という枕詞が流行っている。メディアでも、平成という時代を振り返る企画がこれから目立ってくるだろう。

しかし世の中の動きとはまた別に、自分のこの30年を顧みてさまざまな感慨に耽る人も多いのではないだろうか。多忙な日々を送ってきた人であれば尚更、この機会に、長いスパンで人生を振り返ってみるのもいいかもしれない。

そんな年末におすすめしたい映画が『ルージュの手紙』(マルタン・プロヴォ監督、2017)。カトリーヌ・ドヌーヴとカトリーヌ・フロという、フランスを代表する大女優の共演で話題を呼んだ。二人の女性の姿を通して「生」と「死」が交錯する本作は、自分の人生をいかに受け入れていくかについて改めて考えさせる。

水と油の二人の女

クレール(カトリーヌ・フロ)は病院勤務の助産婦。女手一つで育てた大学生の息子とパリ郊外のアパートに暮らしている。ある日、父の元恋人で一時は継母だったベアトリーチェ(カトリーヌ・ドヌーヴ)から、会いたいとの連絡が入る。

継母をパリに訪ね、ガンの告白をされるも、彼女に裏切られたという思いを抱えているクレールの心に同情は湧かない。かつて、突然ベアトリーチェに去られた父が自殺しているからだ。

再会シーンでの、二人の女の対比が際立っている。髪を一つにまとめトレンチコートにジーンズのクレール。ヒョウ柄のブラウスに金髪を垂らし、エルメスのバーキンを抱えたベアトリーチェ。つつましく暮らして来た女と、自由奔放に生きてきた女。どこから見ても水と油だ。

元恋人の死を初めて知ってショックを受けているベアトリーチェを残して、逃げるようにクレールは立ち去る。別れ際に、「持っていてほしい」とベアトリーチェから押し付けられたエメラルドの指輪すら鬱陶しい。

しかし脳腫瘍の宣告を受けているベアトリーチェはこれ以降、何かとクレールに接触してくる。ランチの約束を泣き声で取り付けた後、ポーカーで金を稼いでレストランに連れていき、これまでの埋め合わせをしたいと申し出るベアトリーチェだが、クレールの態度は堅い。

一見、気ままに生きてきた結果頼る者のなくなった老いた女が、昔の縁故で義理の娘にすがっているように見えないこともない。しかしベアトリーチェを深いところで動かしているのは、第一に、元恋人とその娘への贖罪心であり、第二に、遠からず世を去るだろう自分の存在を生きている誰かの記憶に残したいという、とても人間臭い感情だ。

クレールも反発しつつ、だんだんとベアトリーチェを放っておけなくなる。自分勝手な人だと思っていた彼女の中の意外な生真面目さや繊細さが徐々に見えてきた時、クレールの中に、この年輩の女性ときちんと向き合ってみようという感情がわき上がってくる。

こうした中に、クレールの息子シモンや、農園の隣人ポールとの関係が描かれる。
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文=大野左紀子

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