2018年、ぼくたちの「現在地」を教えてくれる5冊の本

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『生存する意識 植物状態の患者と対話する』(みすず書房)

社会の「加速化」に翻弄される毎日の中、ふと足をとめさせてくれたのがこの本。神経科学者の著者エイドリアン・オーウェン (柴田裕之訳)は、「植物状態」と診断された患者とコンタクトすることに成功した。本書はその驚くべき研究の報告だ。

人の脳は運動しているところを想像すると運動前野が活性化し、慣れ親しんだ場所を歩くところを想像すると海馬傍回という部分が活性化する。著者はこれを活用し、質問に対してイエスであればテニスをしているところを、ノーであれば自宅の中を歩くところを思い浮かべるよう呼び掛けた。そしてその反応を人体スキャンの技術で観察し、植物状態の患者との意思疎通に成功したのだ。

この本を読むと、わたしたちはまだ何も知らないということを思い知らされる。いくらテクノロジーが進歩したといっても、人間の「意識」の秘密すら解き明かすにはまだ程遠いレベルなのだ。未知の事柄の前で、わたしたちはもっと謙虚であらねばならない。

『IQ』(ハヤカワ文庫)

謙虚さは他者に対しても必要だ。ミステリ界に彗星のごとく現れたジョー・イデ(熊谷千寿訳)の『IQ』は、ロサンゼルスに住む黒人青年、通称“IQ”ことアイゼイア・クィンターベイの活躍を描いた小説。黒人の探偵を主人公にした新しい“シャーロック・ホームズ”の誕生と評判を呼び、各ミステリー新人賞を総なめにした。

渡辺由佳里氏による丁寧な解説によれば、貧しい日系アメリカ人の両親のもとに生まれた著者は、LAの中でも犯罪が多いことで知られる黒人街で育った。友だちのほとんどは黒人で、彼らの話し方やスタイルを懸命に真似てコミュニティに溶け込んだという。

そのせいかアジア系であるにもかかわらず著者の黒人コミュニティへの視線はとても自然だ。彼らのミもフタもない現実を描いてもネガティブな反応は一切なく、黒人女性だけの読書会でも課題図書に選ばれるほどだという。ちなみに政治学者フランシス・フクヤマは著者の従兄である。

移民が世界中で大きな問題となる中、ジョー・イデのような複雑なアイデンティティをもった表現者が、これからは当たり前のように出てくるだろう。さまざまな背景を持つ人々が織りなす社会を生き抜く知恵と作法を、ぜひこのクールな主人公から学んでほしい。

連載:本は自己投資!
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文=首藤淳哉

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