「佰食屋」の国産牛ステーキ丼1000円。ランチ時には観光客たちが行列を作る。
──好きな言葉は「敵は己のなかにあり」とのことですが、最近、己と闘ったエピソードはありますか。
経営者は、日々、己との戦いの連続です(笑)。「これでいいのか」「どう決断するべきか」と、毎日自問をしているし、どれが正解かわからない問題に挑み続けている。だから、この言葉をいつも心のなかにとどめているんです。
そんななかでも、最近特にインパクトが強かったのは、ある20歳の男性従業員から「彼女とケンカしてつらいから、仕事を休みたい」とLINEでメッセージが届いたことですね。
彼は正社員ですし、そんな子どものような理由で仕事を休ませるわけにはいきません。ただ、とりあえず彼に詳しく話を聞いてから決めようと思い、電話をしたんです。
そうしたら、彼はずっと泣いていて、とにかく辛くて何も手につかない様子だった。
「仕事にプライベートを持ち込むな」と怒ることもできます。だけど、人間、どこかで苦しいことがあれば、働くのが辛くなるのは事実。それに、彼の立場に置き換えて考えてみたとき、きっと彼と同じように自分も働けない気分になるだろうな、と思ったんです。
そこで彼には、「明日は有給で休んでいい。でも、その次の日はすっきりして出勤しなさい」と言ったんです。
──英断ですね(笑)。とはいえ、飲食店の場合、一人欠勤が出てしまうと、その分だけ出勤している従業員の負担が増えてしまうのではないですか?
佰食屋のシフトは、1日5人の従業員数で構成しています。一人あたり20食売って、100食完売するシステム。
もしも一人欠勤した場合には、欠勤した人の分を他の従業員でフォローするのではなくて、その日のノルマを80食に減らすんです。なので、業務面での負担が増えることはありません。
もちろん、出勤している従業員への精神的な影響もありますから、そこは私からフォローします。彼の事情を考慮して私が「休んでいい」と許可を出したことをきちんと説明するし、他の従業員に対しても同じように対処することで、平等にします。
──経営面で考えると、減らしてしまった20食はどのようにフォローするのですか。
マイナス分は「会社がリスクをとって従業員の満足度を上げる経費」と考えています。私が大切にしているのは、利益を増やすことよりも、全社員の人生を豊かにすることだからです。
中村朱美(なかむら・あけみ)◎専門学校の広報として勤務後、2012年9月に夫とともに飲食・不動産事業を行う「minitts」を設立。同年11月に「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」をオープン。多様な人材の雇用を促進するなど、ワークライフバランスを意識した取り組みが評価され、「新・ダイバーシティ経営企業100選」などに選ばれている。2018年「Forbes JAPAN WOMEN AWARD」新規ビジネス賞受賞。