無能だった私を変えてくれた凄い人たち──クリエイティブディレクター 横尾嘉信さん(後編)

横尾さんがエースの野球チームに誘って頂き、翌年には、諸先輩方を差し置いて、主将をさせて頂きました。その経験は、その後の仕事で活きました

1995年頃、三洋電機に「時短ビデオ」というVHS録画再生機がありました。映像は2倍速で観られるのに、音声がハッキリと聞こえる画期的な商品で、売れていました。そのテレビCM制作でのことでした。(記事前編はこちら

CMでは、船着場にスーツ姿の所ジョージさんと上司が待ち構えています。そこに、犬の着ぐるみを全身にまとった大勢の人々が船から降りて来ます。

所さん:小林! あれほど遅れるなと言っただろ、小林!

上司:もう、ずいぶんと遅れちゃってるよ……。

所さん: どこにいるんだ、小林! 返事しろよ、小林!

という台詞を言いながら、所さんが近くにいる犬の着ぐるみの頭を次々とブリーフケースで叩いていくのです。全員が犬の姿なので、部下(小林)がどこにいるのか分からないという状況で、映像が2倍速で動いているため、叩いているシーンもかなりコミカルに見えて、笑えるCMでした。

編集、音入れなどのすべての制作が完了し、担当者レベルではOKが出た後に、三洋電機社内での最終試写の結果、NGが出ました。

「日本全国の小林くん、小林さんがイジメにあうかもしれない……」という声が、お偉いさんから出たとのことでした。当時、子どものイジメが社会問題として深刻に取り沙汰されていました。

しかし、名前を呼ぶのをやめると、状況設定が分からなくなってしまい、企画が成立しません。「小林」を「セバスチャン」などの外国人名に変えるのも設定として無理があるし、「日本全国のセバスチャンくん、セバスチャンさんがイジメにあうかもしれない」というロジックには対抗できません。また、CMのオンエア開始日が決まっていたので、別企画で再撮影をしていると間に合いません。

できることは、編集を変えるか、音声を変えるかの2択でした。横尾さん、先輩、私の3人で、CMの中にある要素を書き出して、因数分解しながら、あらゆる代案を出し合いました。いくつかはイジメ問題を解決できる案が見つかったのですが、CMとしての面白さがなくなってしまいました。それは、クリエイティブ職の我々としては、かなり嫌なことですから、採用には至りません。

NGの知らせを受けたのが金曜午前。夜の時点まで考えて、有効な選択肢が1つもありませんでした。このままでは、せっかく面白いCMが制作できたのに、「お蔵入り」です(業界では、制作したのにオンエアされないことを「お蔵入り」と呼びます)。しかしそれは、我々にとって絶対に嫌なことでした。

打ち合わせでも、沈黙の時間が支配するようになり、いつものように横尾さんは言いました。

「今日は、美味しいものを食べて帰ろう。各自、土日にリフレッシュして考えて、月曜に案を持ち寄ろう」

私は帰宅してからも考え続けて、土日もずっと考えました。しかし、良い案は全く浮かびませんでした。日曜の夜、晩ご飯を食べている時に、突然、「犬じゃなかったら?」という問いかけが降ってきました。そして、ブレークスルーが起きました。

所さん:なんで、犬なんだよ! オマエたち、どう見たって犬じゃないか!

上司:そんなこといいから、30分も遅れてるよ!

所さん:なんで、犬なんだよ! 頼んだのはサルだろ、サル! おサルさん!
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文=松尾卓哉

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