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安全な水のある生活をベースとした持続可能な経済サイクルを構築する──。支援を受けた地域の自立までをパッケージにした、日本JCの奉仕のかたち。


「誰一人取り残さない」

この誓いとともに、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、開発支援における国際目標が記載された。17のゴールと169のターゲットによって構成されるこの目標は、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」、通称「SDGs(エスディージーズ)」と呼ばれ、日本でも「SDGs推進本部」を設置して各団体への積極的な呼びかけを行っている。

そんななか、公益社団法人日本青年会議所(日本JC)によるある取り組みに注目が集まっている。「SMILE by WATER」―アジア各国に「安全な水」を届けようというプロジェクトだ。SDGsが設定する17のゴールのうち、6番目にあたる「安全な水とトイレを世界中に」の達成に向けた運動である。

全国32000人のメンバーを抱える日本JCとは?

そもそも、JCとはどんな組織なのか。ご存じの方もいると思うが、日本JCは「明るい豊かな社会の実現」を目指し、ボランティアや行政改革等の社会的課題に取り組みながら次代を担う人財を育成しようという、青年団体だ。日本では1951年に誕生し、現在は全国に約32000人のメンバーを抱えている。世界に目を向ければ、国際青年会議所(JCI)には130以上の国と地域が加盟しており、約16万人もの同志が、それぞれの国で、世界で、活動を行っているのだ。

そして、18年11月にインド・ゴアで行われたJCIの世界会議では、日本JCによる国際的な支援活動が高く評価され、池田祥護会頭は本年度の最優秀NOM(National Organization Member)会頭賞を受賞。その際、各国から熱視線が送られたのが、先に紹介した「SMILE by WATER」の活動だった。「SMILE by WATER」の契機は、15年に金沢で行われたJCIの世界会議にさかのぼる。

「金沢でJCIの世界会議が行われた15年は、国連が定める発展途上国への開発目標がMDGs(ミレニアム開発目標)からSDGsへと移行したタイミングでした。日本JCだけでなく、JCI全体としてどんな社会貢献をしていくことができるか。この会議で採択された『金沢宣言』にて、JCIはSDGsが掲げる国際目標を達成するために尽力していこうと誓ったのです。具体的な公約をするにあたり、日本JCは目標の6番目にあった『水』をキーワードに活動していこうということになりました」

そう話すのは、日本JCの18年度UN関係会議議長佐々木隆浩氏。日本は世界でも類を見ない水の安全と衛生が確保された国。その技術と知識で、アジア諸国の水の安全を広げていこうと考えたのだ。

「ただ、当時は水事業に対して知識のあるメンバーはほとんどいませんでした。かつ、活動のための資金を一からつくる必要がありました。そこで、まずは全国の事業所で募金を集め、世界中で水に関するボランティア活動を行うNPO法人の日本水フォーラムに協力を求めたのです。効果的な支援が行える場所を調査した結果、『SMILE by WATER 2016』と銘打った活動の初年度は、バングラデシュを対象国とすることになりました」

8人に1人の子どもが5歳になれないという過酷な環境

同国では、人々が使う井戸水に重金属をはじめとするさまざまな物質が混入しているという問題があった。さらに、付近を流れる川の水からはヒ素が検出されており、近隣住民は感染症に悩まされていたのだという。

「8人に1人の子どもが5歳になれない」という過酷な環境を、いかにして変えることができるのか―彼らは、東邦大学薬学部客員教授で、天水研究所代表を務める村瀬誠氏の協力を得て、バゲルハット県モレルガシン郡に位置する3つの村の100世帯を対象に、各家庭が1年を通して雨水を飲み水として利用できるよう、戸別に雨水貯留システムの設置を行うことになった。

「雨水貯留タンクの設置費用については、半額はそれぞれの家庭に出してもらうようにしました。タンクはひとつ約3万円。バングラデシュでは、首都・ダッカ市の平均月給が約8万円ですから、半額だとしても、村の人たちにとっては大金です。しかし、こちらがすべての費用を出してしまっては、ただの支援。与え続けるだけでは、持続はできません。『高いお金を出して自分たちで設置をした』という意識を持ってもらうことで、タンクを大事に使ってもらいたいと考えたのです」

結果、設置した家族からは「1km離れた別の村まで毎日水をくみに行く必要がなくなり、仕事に専念できるようになった」「慢性的な下痢がなくなり、治療費や薬代がかからなくなった」という声が上がり、確かな成果を実感できたという。

この経験をもとに、2年目はカンボジアを舞台に魚の養殖場をつくり、その利益で井戸を掘るプロジェクトを開始。何もないジャングル地帯を切り開いて養殖場を建設したところ、そこに雇用が生まれた。するとそのすぐ横で村が形成され、人々が畑を耕して生活を始めたという。

文=千吉良美樹 写真=後藤秀二

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